――  私は、仏 法 僧 に帰依します ――

私たち仏教クラブは、超宗派の僧や在家で構成されています。
毎月1度の例会では、必ずこの三帰依文を全員で合掌し合唱します。

南無帰依仏南無帰依法南無帰依僧

パーリー語 読み 漢文と意味
Buddham
saranam
gacchami
ブッダム
サラナム
ガッチャーミ
南無帰依仏
私は仏陀に帰依いたします。
Dhammam
saranam
gacchami
ダッマム
サラナム
ガッチャーミ
南無帰依法
私は法(真理)に帰依いたします。
Samgham
saranam
gacchami
サンガム
サラナム
ガッチャーミ
南無帰依僧
私は僧(聖者の僧団)に帰依いたします。




帰依=南無帰命

【帰命】
サンスクリットの namas を漢文仏典では帰命とも南無(なむ)とも訳しており、この両語は同じく〈頭を下げ敬意を示すこと〉、帰依(きえ)を意味している。
したがって〈帰命頂礼(きみようちようらい)〉(額(ひたい)を地上につけて最敬礼すること)のように身体の動作と、〈至心帰命(ししんきみよう)〉(心中でひたすら帰依すること)の両面をふくんでいる。
しかし、中国や日本の仏教においては帰と命にそれぞれ独立の意味を与えて、帰は〈かえる、したがう〉などの意に、命は〈寿命、教命(きようみよう)〉などの意に解釈し、〈仏の教命(教え)にしたがうこと〉〈人間の寿命のよって起こる根源にたちかえること〉〈命をささげて信ずること〉など、各宗派においてさまざまな解釈がなされている。    井ノ口 泰淳

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帰依三宝=南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧。

南無帰依仏=仏様をよりどころにし、仏様にお任せするということ。

南無帰依法、南無帰依僧=法と僧は一つ。
「法の人にあるときこれを仏という」というように、人格的表現をとれば仏になる。これをはずせば法になる。僧は、この両方をひっくるめたもの。これら三つは切り離すわけにはいかない。三つが一つである。

 この三宝に帰依することを三帰と言います。