信ヶ原雅文事務局長

今月は成道会の例会でございますが、まず、また、悲しいご報告なんですが、会員の爾英晃さんが11月に、急逝されました。
49歳でございました。
7月は事務局の玉手さん。彼も47歳。 同じ頃、園先生も天寿を全うされ、今年の仏教クラブは3名の会員を失いました。
皆さんご起立いただいて、黙とうを捧げたいと思います。
1分間の黙祷。

 

 

 

 

 


大谷義博会長挨拶

こんばんは、ただいま司会の事務局長からも ご案内がありましたが、会員のお三人の方々が旅立って行かれました。
今日は、もう一つ奈良の法隆寺の管長が71歳で、隠れた臓器と言われる膵臓の癌で亡くなり、今その葬儀から帰って参ったばかりでございます。
元禄の時から私の寺とご縁が深いものですから、お付き合いがあるのでございます。
まぁ。こうして1年の間に次々とこうして様々な人生の浮き沈みを知らされるのでありますけども、あらためて生前のご遺徳を皆さんと共に偲ばせていただいたことでございまさす。
そうした中で今日は、るんびに苑の藤様にこの前ここでご講演頂きまして、大変感動したのですが、今日は、藤さんのされておられる「るんびに苑」にお気持ちを表すことになり、わざわざ遠くからお出ましいただいていることであります。
まことに ありがとうございます
今日は、そうした中で、毎年12月は一年の締めくくりと申しますけども、成道会例会でございます。最後まで、よろしくお願い申し上げます。


支援金授与式
るんびに苑の藤様に、我々会員が座るテーブルに置かれた「微笑箱」に溜まったお気持ちの一部を受け取っていただきました。
●ご講演頂いた時の記事:http://www.bukkyoclub.com/archives/6138

藤大慶様ご挨拶

私は、若い頃、坊さんになるのが嫌で、「死んでも坊主なんかになるかい!」と言って逃げ回っていました。
なぜ、逃げ回っているかと申しますと、坊さんは、言ってることとやってることが違うじゃないか…ということでございました。
いやいや、これは、浄土真宗の本願寺派だけの話です。(笑い)
そういうことで、私の周囲はそんなことが多くて、どいつもこいつもと、いつも斜めに見ていたのです。
その後、まじめにやっていらしゃる方が、日本の法曹界にもいっぱいいらっしゃることがわかります。そういうことに気付きはじめました。
仏教クラブさんより、こうして大きなお気持ちを頂戴することになって、何という尊いお方達だろうかと思います。
私はほんとにけだるいばっかりでやってるものですから、普通だったら「藤の言うことなど信用できないぞ、あいつはペテン師だと、あれはほら吹きだ」と、いわれて当たり前なのです。
私のいいかげんなところをこうして多くの方々に支えていただいていることに感謝し、こういう方々がお坊さんの中に、いっぱいいらっしゃったんだと最近あちこちで経験させていただいているところでございます。
前にお話させていただいた、ルンビニ牧場を、最後の力を振り絞ってなんとな実現させようと思っているのでございますが、よく考えてみたら、病院も学校も福祉関係も全部お寺が中心で動いていた。これが明治から戦後になって、それぞれがお寺から引き離され、行政は行政、病院は病院、学校は学校、みんなバラバラになっていく。
気が付いてみたら、全部心が抜け落ちてしまっている。
一番大事な心が抜け落ちている・・・。形ばかりの物が次々と出来上がって、今、様々な問題が生じてきています。そう思えてならないのでございます。
大げさなことを言いますが、もう一度、心のこもったものをお手本にしながら組み立て直してみようと、昔のままというわけにはいきませんから、今現代で、どうしてもこれだけは必要だというものを、一緒くたに集めてしまって、村を作ってみたい。ま、そんなことを、大ぼらを吹いておるようなことでございます。
で、たぶんこんな滅茶苦茶なことは、私の生きている間にはできっこないのです。
けれども、私が志途中でポックリ、あぁ、ポックリ逝ければいいのですが、死に損なうかもしれんです。(笑い)
途中で倒れたとしても、世の中に必要なものは、どなたかがまた引き継いで実現して下さるのではなかろうかとそう思います。その土台にでもなれたらうれしいなと、そんなことを思っておるようなことでございます。
私のカウンセリングの師匠が、こんなことを言っておりました。
「山を登る時、普通だったら頂上を極めることが目的のように思っているけども、大事なのは一歩一歩だよ、途中で終わってもいいじゃないか。」そんなことを、私の師匠は言ってくださっておりました。
やっと、その深い意味がわかるような気がしております。
余計なことを申し上げましたが、この度の皆様のご芳情、ほんとうにかたじけなく、心より厚く御礼申し上げる次第であります。ありがとうございました。拍手)

京都新聞12月17日朝刊より


若林副会長乾杯の発声

数回欠席しましたら、ペナルティだそうで、乾杯の発声を仰せつかりました。
お酒が注ぎ終わるまで、今、良いネタを頂きました。
皆さん、今週の「週刊現代」本来は、週刊誌といいますと、別の楽しみで読むものですが、(笑い)
笑われるということは、内容を良くご存じで、(笑い)
ページを開きながら、ここに『新幹線で行く、ご利益の旅第4回』に、「苦痛消除」というタイトルで、なんと加藤会員の釘抜地蔵さんの記事がありまして、
加藤廣隆先生の顔写真が載っております。(拍手)
後ほど、藤野さんが持って回っていただけるそうですので、ゆっくりご覧ください。
加藤先生は私と同じお年で、臨床心理士の資格をお持ちで、お堂の壁には、苦を抜く釘の絵馬がずらーっと並んでおります。
生で先生のご法話を聞きたいという方も大勢居られて、お寺はにぎわっているそうです。
先ほど藤先生がおしゃっていましたが、言ってることと、してることが違うとおっしゃいましたが、浄土真宗だけではございません。(笑い)
我々俗人も、いつもその世界に浸って、ある意味楽しませていただいております。
一年が終わろうとしています。
今年お亡くなりになった、園会員、玉手会員、爾会員のお三名への献杯と、また来年も仏教クラブ会員全員の無事を祈り、会の益々の発展を願い乾杯したいと思います。
乾杯!


門川大作会員挨拶

宴の後半、お忙しそうな門川会員が選挙前もあってか、突然来られ、演壇に立たれた。久々の出席に詫び、先日の天皇皇后両陛下が京都に来られ、市長として侍従されたことや、御寺泉涌寺から御所へ向かわれる暗く寒い沿道に溢れる市民の祝う声と姿にも感動され、ほとんどの方が、「天皇陛下!」と言うより「まさこ様ぁ!」でした(笑い)。私は9割ぐらいの方やったと思っております。(笑い)と、まずは、会場の笑いを誘われた。
皆さんが皇后陛下のご健康の心配をしておられたんだなぁと思いますし、にこやかな素晴らしい笑顔を拝見して、皆さん、ホッとしておられるなぁと思いました。
良いことばかりではなく伏見の京アニの痛ましい事件など忘れられませんが、皆さんのお祈りにより、また元気な京都を取り戻したいなぁと思っております。
昨日、今日と、文化と観光に関する国際会議というのが京都でございました。あまり知られていないのですが、国連に観光機構というのがあります。そして、ユネスコ。
日本では、文化庁と観光庁が、合同で京都市で開催しました。文化と観光であらゆる社会的問題を可決しようということです。
世界中にある問題、SDGs。貧困、飢餓、格差、環境破壊、戦争等、様々な課題があります。それを文化と観光で解決していこうということであります。
一方で、観光というものは、様々な地域でコミニュティを破壊したり、文化財を破壊する。それを最大限0に近づける。そして、観光の力で地域のコミニュティを活性化し、文化を継承発展させる。そんなことを願うのであります。
観光の「観」は観音様の「観」です。私は、心で見る観光が大切であると常々思っております。
この心の観光に視点を合わせれば、持続可能な京都になっていくと思っております。
そんなことを、学ばせていただいたところであります。
また、この9月に、第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019があり、大成功しました。博物館大会であります。カンボジア、オマーン、トルコで行われ、4回目が京都開催となりました。どちらかというと、発展途上国が観光で経済を発展させようと立ち上げた会議で町を元気しようと、それはそれで良いのですが、時として、リゾート開発で地域のコミニュティをつぶしてしもた。環境を破壊してしまった。それでは、ダメだということで、京都を手本しようと、今回は京都になったのだそうです。
3000人集まってもらおうと思っていたのですが、4600人が集まっていただきました。過去最高の参加人数となりました。
それも、京都の宗教都市としての、癒し、あるいは文化、人を育てる。そんなことが評価されたと思います。
京都のあらゆる魅力に世界の方々に感動して頂いたこの1年でございました。しっかりと、それを継承発展させていくのが我々の使命と思っております。
常日頃、大変なご尽力を頂いております。仏教クラブの先生方に改めて、敬意を表しましてご挨拶とします。
今日は突然来ました。(笑い)
新しい年が良い年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。

 

編集後記:
お釈迦様のご成道された日4月8日(日)は、久々に長男夫婦が来てくれ、2歳4ヶ月の孫とは3ヶ月ぶりに、半日だけですが自宅でゆっくり一緒に過ごすことができました。
一緒に近くの公園に行くと、夕暮れの広い公園を走り回ったり、鉄棒にぶら下がったり、小学生でも楽しめる大きな滑り台に何度も自力で上がり、キャッキャとはしゃぎながら滑り降りていました。
しばらく見ないうちに大きく成長している孫を見ていると、その時の流れの早さに、私自身の人生の残り時間が反比例していることに気づかされます。
お釈迦さまは、29歳でお生まれになった家を出て苦行をされますが、6年後、苦行では悟れないことにお気づきになり、35歳の時、ガヤの菩提樹下で瞑想し、「世は無常である」ことをお悟りになられます。
この世は、時と共に変化し続け、誰一人として、老、病、死 から免れ得ない。
つまり、誰の人生にも「生きるという苦」が基本にあるのですが、「苦」というものは決して自身の外側にあるのではなく、それは自身の心のあり方から生じるのだということなのです。
老、病、死、それ自体は『苦』でも『楽』でもなく、それを受けとめる自分自身の心が「苦」を生み出しているということです。
ということですので、70歳を前に、残りの人生をどう謳歌しようか・・・と、フル思考中の今の私なのです。 

写真と文、編集:藤野正観