2020年4月14日京都新聞夕刊より

壬生寺旧本尊悲願の復元
 1962年り火災で焼失した壬生寺(京都市虫京区)の旧本尊・延命地蔵菩薩像が、約60年ぶりに復元された。
片足を上げた半跏の姿勢や「壬生型光背」と呼ばれる独特の光背まで忠実に再現しており、寺では「ようやく念願がかない、感無量」と喜ぶ。
重要文化財だった旧本尊は、平安時代の仏師定朝の作。
「縄目地蔵」とも呼ばれていたが、本堂が全焼した際に堂内にあった四天王像とともに焼失した。
その後、当時の貫主(住職)だった松浦融海さん(故人)と現貫主の俊海さん(85)が2人で代わりとなる本尊を探し歩き、新本堂っが完成した197O年に律宗総本山・唐招提寺所蔵の地蔵菩薩立像(重文)を譲り受けた。
譲渡の際には当時の唐招提寺の森本孝順長老(故人)と融海さんが「将来的に機が熟すれば、定朝作の本尊を寸分たがわず復元する」と約東を交わしたといい、松浦貫主は「2人が亡くなった後も、この約束をひとときも忘れたことはなかった」と話す。

60年ぶり、貫主「感無量」
 松浦貫主が「自分の目の黒いうちに何とか完収させたい」との思いで米原市在住の仏師中川大幹さん(68)を訪ねたのは約3年前。
中川さんは、奈良国立博物館に残されていた詳細な図面を元に天然の木曽ヒノキ材で制作を始めた。
目鼻立ちも焼失前の写真を見たり、他の定朝作の仏像を見たりしながら忠実に再現。
衣には截金で装飾を施した繊細な仏像が3月末に完成した。

地蔵が手にする錫杖の先端部分は、焼失前に本体から取り外して京都国立博物館に寄託されていたといい、新しい地蔵にはこの錫杖の複製が取り付けられた。
完成した仏像を前に中川さんは「定朝は、日本的な仏像の様式を確立した仏師。その作品をこのような形で造るご縁をいただいたことに感謝したい」と話し、松浦貫主は「本堂が焼け落ちるのをこの目で見た者として、
縄目地蔵の復元は何としてもやり遂げなければとの思いだった。
これでようやく責任が果たせた」と話している。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、24日に関係者のみで開眼法要を営んだ後の一般公開の日程は未定。
(太田敦子)

画像上:重文だった旧本尊とそっくりに作られた新しい地蔵菩薩像(壬生寺提供)
画像下:「前貫主と唐招提寺の森本長老との約束が果たせた」と喜ぶ松浦貫主(京都市中京区・壬生寺)

(追加記事)

焼失60年、壬生寺の旧本尊復元 開眼法要「国難救って」(京都新聞web版)