仏教関係者が京都に集う会

お盆随感

お盆随感

「お盆という行事があって、日本という国に生まれてよかった」と実感します。
お盆になりますと、他府県ナンバーの車を目にします。
沢山の方たちが、実家に帰省し、お墓参りをしたり、寺参りしたり懐かしい顔と再会します。
ほとんどの人たちが、親や親戚に、自分や孫の元気な顔を見せよう、ご先祖さまのお墓参りをしよう、と帰省するという行事が延々と今まで続いています。
「家族制度は崩壊している」と言われて久しいですが、まだまだこうした形で「家族」というものは残っていますし、家族という「縁」を大切にするという習慣が、お盆という形で続いているのはありがたいことです。
13日には、ご先祖さまたちの「みたま」をお迎えし、15日には、懐かしい我が家に帰ってきたご先祖さまを、お送りします。
このお盆の行事には、素朴な中に、ほのぼのと温かく、陰りのない清らかな心が感じられます。
お盆になると、私たち人間の心が純粋な心を取り戻す、という感じがしてなりません。

この、私たちがご先祖さまを思う、陰りのない清らかな心は今に始まったことではありません。
お盆という行事は、ご先祖さまから、私たちへ、私たちから、子や孫へ、いつまでも続いていく、いわば「いのちの結び目」のようなものです。
「いのちの結び目」を、今我々はお盆という行事で果たしているのです。
私たちはお盆のことを、魂に御をつけて、「御魂(みたま)まつり」とも言います。
「御魂」というのはご先祖さまの「いのち」を意味します。私たちは「御魂まつり」でもあるお盆の行事を通して、「いのち」の根源について考えなければなりません。
そもそも私たちの「いのち」は、私たちが自分で作りだしたものではありません。
自分の力で自分の「いのち」を作った人は1人もいないのです。
皆、両親から「いのち」をあずかり、受け継いできました。
この私にも両親があり、父にも両親があり、母にも両親があり、その両親にもまた両親があり・…と、上へ上へとさかのぼっていくと、10代くらい前、大体350年くらい前になります。その、10代前まで血のつながっている人が、皆、死なないで生きていたと仮定したら、およそ1万4千人にもなるそうです。
さらに30代くらい前にさかのぼると、約千年も前になり、血のつながっている人の人数は約1億8百万人にもなるとのことです。
大雑把に考えると、日本中が親戚のようなものです。
このように考えると、もう、「赤の他人」などという言葉は使えませんし、争うわけにはいきません。
明治天皇の歌に。
「四方の海 皆 同胞(はらから)と 思ふ世に など 波風の立ち騒ぐらん」があります。
世界の国々は皆、同胞であるはずなのに、どうして波風が立ち騒ぐのであろうかという意味です。
今、私たちがこうして生きていることは、何百年、何千年と、「いのち」が受け継がれてきたことにほかなりません。いわば駅伝のようなものです。
我々は、「いのち」のたすきリレーがつなかってきたからこそ、ここに存在しているのです。
いわば奇跡です。もしも、途中で途絶えていたら、この世界には存在し得ないのですから。
また、何百年、何千年前のご先祖さまの血液が、私たちの体に脈々と流れている。
そのことを考えれば、ご先祖さまの「恩徳」「いのち」に感謝しないではいられません。
お盆の語源である、「ウランバナ」という言葉は、「逆さにかかる」(倒懸)を意味し、汚れて逆さまになった心を正しく立て直す機会です。
お盆の大切な心がまえ、お盆の意義はそこにこそあるのです。

来迎寺 寺報『微笑』(お盆号)より
池上省吾

仏教クラブ事務局 TEL 075-371-7380 10:00-16:00[土・日・祝除く]

PAGETOP
Copyright © 仏教クラブ All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.
Top