仏教関係者が京都に集う会

お釈迦様の脳

お釈迦様の脳   

数年前の春に東京・日暮里の禅フロンテイアの会で、脳科学から見た禅と題したセミナーを行ない、ヒトの心についても触れた。
これをきっかけに読売新聞の取材を受け、心の欄に私の話しが紹介された。私がこのようなテーマに至ったのは、日本文化の背骨になっている禅を体験したいと思い、禅道場に入門したことに始まる。修業は厳しく、雲をつかむような公案を前に座り続け、なんとか最初の関門を透り道号を頂いた。
さて禅を体験するうちに悟りの境地に入った脳がどうなっているか知りたいと思った。実はそれ以前に私は大学で耳が全く聞こえない人が聞こえを取り戻せる人工内耳という新しい医療に携わり、その時の脳の働きを脳機能画像で調べ、この知見を「脳から見た言語」という英文の書物にして出版し、イギリスで医学書の優秀賞を頂いていた。このような経緯から、もし瞑想状態にある脳を画像で調べることができれば、釈尊が菩提樹の下で悟りを得られた時の脳の状態を知ることができると思っていた。幸いこの期待に答える報告がアメリカからなされた。
チベット仏教の修業僧が深い瞑想に入った時の脳の働きを調べた報告で、額の奥の脳である前頭野が活動し、いっぽう頭のてっぺんの部分である脳の頭頂野が沈黙しているということであった。
瞑想で活動が報告された前頭葉は、意思決定の場所で、いわば社長室あるいは内閣総理府といった中枢である。
坐禅で強力な瞑想へのトリガーがかかると前頭葉が活動するが、それに反比例して頭頂野の活動が抑えられてゆく。
この部分の脳が働かないということは、音は聞こえ物は見えるが、それぞれの持つ意味が分からない状態である。
その結果、自己と外界との境界の消失ないしは融合、さらには自己と宇宙との一体感をもたらす。これによって大日如来との一体化や、キリストとの合体感も起きるようである。
また深い瞑想の境地では脳内の神経物質であるセロトニンやドーパミンが分泌される。
菩提樹の下での最後の悟りに入られた釈尊は「虚空を太陽が照らすがごとき」境地であったと述べられている。このような劇的な境涯は神経伝達物質ドーパミンが放出された結果と思われる。
脳内で起こる特殊な状態は、伝教大師や弘法大師、法然上人や親鸞聖人、そして道元禅師などの宗教家、また荒野をさまよい悪魔と戦いながら修業をしたキリストも体験されたものと思われる。
深い瞑想状態によってもたらされる宗教家の脳内変化は、洋の東西を問わずほぼ等しかったと考えられる。
ヒトの脳細胞は一千億ともいわれ、我々は脳内に小宇宙を持っているといえる。
それ故に過去を思い患い、未来に不安を抱く心が生まれる。
達磨に不安を訴えた慧可は、治してやるからその心を持って来いと云われ、慧可はそれほど捉えどころのない心に悩む自分の愚かさを覚っている。生理学教科書の脳の章には、意識の記載はあるが心の記載はどこにもない。
瞑想の科学的な解明が進み、ヒトだけが持つ心の正体が明らかにされる日が来るだろうか。振り返ると脳機能画像から始まり禅へと向かった私の旅は、心をめぐる旅でもあったようだ。

文:本庄 巌

仏教クラブ事務局 TEL 075-371-7380 10:00-16:00[土・日・祝除く]

PAGETOP
Copyright © 仏教クラブ All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.
Top