仏教関係者が京都に集う会

治らない病気 

治らない病気 

 私を含め医師も患者さんも医療とは病気を治す行為と思っている。
病院は病気を治すところ、医師は病気を治す人と思っている。
多くの場合はそれでよいのだが、治らない病気の時に医師はハタと困ってしまう。
治らない病気をどうするかについて教わってこなかったからだ。

医学部の教育は自動車修理工の養成に似ている。
故障した個所を探して修理をする。
自動車の場合、修理がうまくゆかないと部品を交換し、それでも駄目なら廃車にする。
以前ドイツ留学中に、高速道路で私のフォルクスワーゲンが突然止まった。
来てくれた修理工はエンジンを替えなければいけないが、もう車体が大分いかれているので廃車にした方がよいといった。
やむなく愛車を路上に残して家路についたが、ヒトの場合はそうはゆかない。治らない病気でも何とかしなければならない。
この時医師は自分の無力さを味わう。

しかし人は皆いずれは治らない病気に罹るのだから、これからも不治の病の患者さんの対応は大きな課題になるだろう。

お釈迦様は「生老病死」の四苦を解決するために長年の苦しい修業をされた。四苦の中でも問題は治らない病とそれに続く死である。
幸いお釈迦様は苦行の末に菩提樹の下で悟りを得られ、四苦を乗り越える方策を掴まれた。
しかし凡夫の私たちにはこれは不可能である。
お釈迦様は人々の強い願いで生涯にわたって法を説かれた。
そこで述べられたのは世上の執着を棄て、一人で進むことのすすめである。

しかしもし皆がこれを実践すれば、お米を作る人や子供を育てる人がいなくなってしまう。
それほどに四苦の解決は難しい。
凡夫の私たちはどうすればよいのだろうか。
最初にも述べたように医師は技術者であり、治す医療だけで心も体力も精一杯なのだ。
この専門集団に終末期の精神的なケアまでを望むのは無理なのであろう。
そのためにはケアに精通した総合診療医の養成が急務だと思う。
宗教者や心理学の人々の手を借りる方法もあり、現在その専門職の養成が行われていると聞く。

若くして肺結核で亡くなった私の父は自宅で最期を迎えた。
当時五歳だった私は夜中に起こされ、父が私に託す遺言をはっきりと聞いた。
長生きをした母は肺がんで自宅で亡くなったが、亡くなる数日前、母のベットの周りをうろうろする私たち兄弟を見る母の安心しきった表情を忘れることができない。
濃厚な延命治療を望むならば入院が必要だろうが、家族と離れた集中治療室で、チューブにつながれた最期を覚悟しなければならない。
北欧では口から食べられなくなった人は神の国に入ったとされている。

西行法師は春の盛りに桜花のもとで死ぬことを願いその通りの最後であったが、おそらく食を絶ってその日に臨まれたのだろう。

白人のインディアン狩りから生き延びたイシは白人社会に入るが、免疫力のない彼は結核に罹り三年半後に亡くなる。
彼の最後の言葉は “ You stay,  I go“であった。彼にとって生と死の境は私たちほど画然としていなかったのだろう。

アメリカンインデアンの古老が素晴らしく晴れた日につぶやいた「今日は死ぬのに良い日だ」という言葉が心に残る。

文:本庄 巌

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