仏教関係者が京都に集う会

不染汚

不染汚(ふぜんな)

大気汚染や放射能汚染など、「汚染」という語がお馴染みになりました。
汚は汚(きたな)い事で染は染まる事ですから、汚いものに染まるという意味です。

仏教では汚染と言わずに染汚の順で用いてきました。
「汚」を汚れの意味に使い、「染」を心がとらわれる意味に使い、「染汚(ゼンオ・ゼンマ・ゼンナ)」として、「煩悩で清浄な心を汚すこと」を表してきたのです。

煩悩にけがされない事を不染汚と言います。
覚りという不染汚の心を得るためには、修行をしなければなりません。
しかし、「修行によって覚りを得ようと考える事は、修証を染汚するものである」とも説かれます。
修行は目的達成の手段ではないということです。

たとえば、学生は毎日勉強をし続けますが、それが「○○大学合格」という目的のためだとしたら、不合格になった瞬間に、勉強したことの意味が無くなってしまいます。
しかし、たとえ○○大学は不合格になっても、「勉強した」という事実は、人生に沢山の恵みをもたらしてくれるでしょう。

修行も人生も同じです。何かをするときは、ただただそれをすることです。
坐禅なら只管打坐、念仏なら専修念仏と言えましょうか。
ただひたすらに費やした一刹那、一刹那が、「今ここに」という生命を生み出し自分を育て、「今」の積み重ねが素晴らしい未来へとつながっていくのです。

例会案内より-文:鈴木顕道

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