仏教関係者が京都に集う会

愚痴を言わずにお念仏

愚痴を言わずにお念仏

元号が令和に変わってはや二ヶ月。
ご本山のもみじも若葉から青葉に様がわり、多くの参詣者の方々を涼し気に迎えてくれます。
法然上人の御忌法要も盛会裡に厳修。
また今年は五月二十三日から五日間、宗祖法然上人立教開宗八百五十年のおまちうけ大授戒会がつとめられ浄衣姿の受者の方々で賑わいました。
ご本山で大法要がつとまりますと全国から檀信徒の方々は勿論のこと、末寺のお坊さん達も、法事部や布教師など、それぞれの役を拝命、登山されます。
私も法然上人さまや西山上人さま、各お堂のみほとけさま達に召し上がって頂くお霊供膳の役、荘厳司を拝命。一の膳、二の膳、三の膳等、の料理を作ります。
毎日季節の野菜、果物などを吟味し、色どりも考えお供えいたします。
生菓子や干菓子、半生菓子などの段盛りも出来、法事部のお坊さん達によってお供え頂いた時は、うれしくホッといたします。
六月、七月は、お寺をちょっと留守にいたしますと、お墓や庭、わずかな畑も雑草が茂り大変です。
毎朝、四時半頃から草取りです。取ったらまた、すぐ生える、草と競争です。
私の母は八十九才で亡くなりましたが、時々、お寺に来て草取りをしてくれました。その母に草取りの愚痴をこぼした時に話してくれた言葉を思い出します。
「お互い、知らず知らず作っている罪が沢山ある。草を一本取ることによって罪が一つ消えると思えば楽しいではないか。
川の水も流れているから水は美しいのであって、水も流れなければ泥水となり悪臭が出るよ」と。
それからは私もあまり愚痴を言わなくなりました。
ドクダミやすぎの子などの雑草を取ったあとの庭は気持ちよく、うれしいものです。
六月八日は母の三十七回忌をつとめるからと妹から電話があった。
考えてみると母の生存中、忙しさにかまけて実家にあまり帰ってないし、帰っても年老いた母の背中を流しただろうか、ましてや料理を作って食べさせてないなぁ・・・。
今、私があるのは母のおかげだと思う。

六月八日の法事には前日から帰り、お墓の草もきれいに取り、母のために心をこめてお霊供膳を作りお供えいたしました。
本堂で朝の勤行をしていると周囲のものが目につきます。

花立てやローソク立てが愚痴をこぼしたら、どんな愚痴を言うだろうか。

天蓋・・・ふらふらと 腰のきまらぬ浮世かな 地震のゆかぬ国へ行きたい

ローソク立て・・・ローソク立てにはなるな 長そうでいつも頭焼かるる

花立て・・・草と木と花と水とに宿かして 家賃も取れぬ 冬の冷たさ

線香立て・・・磨かれて 光ろうとすれど朝夕の 香の煙にむせぶづつなさ

伏せ鐘・・・初手の一つ中の 二つはさもなけど 安楽国の三つの痛さよ

などとお堂のお道具達は愚痴も言わずにそれぞれの仕事をしています。
私も愚痴を言わずに念仏をよろこぶ生活を送りたいと思います。

 京都市西七条(安養寺住職 沢田教英)

西山浄土宗 総本山光明寺発行 月間『ひかり』令和元年7月号より 

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