仏教関係者が京都に集う会

忖度(そんたく)の損得(そんとく)

忖度(そんたく)の損得(そんとく)

立部祐道

 婦人がデパートに買い物に出掛けて「子供に服を買ってやりたいの。どこでしょうか」と店員に売場を尋ねた。
店員は丁寧にもご案内致しましょうと先導し、エレベーターでその婦人を案内した。
「ここでございます。」何と子供服の売り場である。
あきれて店員にお礼の言いようがなかった。

 もう一度ここまでを読み返して頂きたい。何もおかしいことはないではないかとお思いでしょうか。
実は婦人は50代の年令としましょうか。
ならば子供は20代の娘である。
細い身体であっても子供の服は入らないだろう。
店員にとって子供は正に小学生位の子供でしかない。
店員は子供服売り場と思い込み、この婦人の立場に立ち入れなかったといえる。

ある婦人は連れ添いの夫に誕生日のお祝いにと、デパートに買い物に出掛けて、店員に「チョッキはどこに売ってますか」と尋ねた。店員は丁寧にも「ベストですか」と問い返す。
「いいえチョッキですが」「それはベストでしよ」
「いいえチョッキです」「ですからベストですよ」婦人は買い物を諦めてその店を出た。
その夜の夫婦の和やかな語らいが失われたかも知れない。
これは中洲でママとの会話で得た話である。
むやみやたらと無駄に飲んでいるのではないことを証明しておく必要がある。
ただしここのママは婦人の年令にはまだ少し時間があるように思う。
としておこう。

NTTのお客様代表者会議の委員に推薦頂いている。
時折いろんな意見要望などを反映させる会議が開催される。
こんな考えを述べたことがあった。
重要なお客様が来訪され、込み入った話が行われているときでも、電話のベルが鳴ると主人はその電話に走る。
株や証券の売り込みであったり、広告の依頼であったり、時には間違いの電話である場合もある。けれども私達はいつ何時も、より重要な用事の可能性が考えられるので電話に飛びつく。
受話器を取り上げる前に重要性の選択をする方法はないものであろうか、と。

道を尋ねるとき、殆ど知らない場合と、ほんの少しだけわからない場合とがある。
殆ど知らない場合「曲がって、折れて、二つ目を右に行き三つ目をひだり」ではまだ不十分に思え、不親切な人だと決めつける。
ほんの少しだけわからない場合はこの説明はもどかしすぎ、いらんお世話だと決めつけたがる。

忖度(そんたく)。辞書によれば「他人の心中をおしはかること」とある。
20数年を共にした妻とも時に思い違いがある。会話を重ねた上においてもなお(あゝそうだったのか)と更にしょうもないー言をつけ加えておけば良かったと思うことがある。
秋の夜長、酒がおいしい時節になった。

(平成2年11月2日 宗像ロータリークラブの会長をお勤めになった時の挨拶文原稿から。)

 

例会は48回あったそうです。その挨拶分は、「いろは・・・」順に題名を考え原稿を書かれたとのこと。この原稿は「そ」の付く言葉からということです。
昨今の国会で「忖度」というあまり聞きなれない語が飛び交っているようなので、少し前に書かれた原稿を2017年6月1日の運営委員会で、ご披露していただいたものを師に許可を得て掲載するものです。

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