仏教関係者が京都に集う会

有暇具足(うかぐそく)

(うかぐそく)

有暇具足

 

釈尊生誕の折、阿私多(アシタ)仙人という高名な占い師が王宮を訪れた。生まれたばかりの王子の人相を占った阿私多仙人は、突然、涙を流して泣き始めた。驚いた王がその涕涙の理由を問うたところ、彼は次のように答えたという。

太子は無上の覚位にいたり  衆生の安穏と福利のために
法輪を転じ涅槃を説いて  教法くまなく普ねからん
わが命終の時すでに近く   その成道を見ずして死いたり
たぐいなき大法に偶うことを得じ  故をもてかくは悲しみ嘆く

これは、クシャーナ朝の初期大乗仏教を代表する僧・馬鳴(アシュバゴーシャ)が著した『仏所行讃』に遺された韻文である。

この王子は、最上の真理を覚り、多くの人々の幸いの為に法を説き、その教えは普く広まることでしょう。
しかしこの私は余命いくばくもなく、王子が覚りに達せられる前に寿命尽きて、その比(たぐい)なき大法に出逢うことなく今生を終えねばなりません。
それゆえ私は悲しみ嘆かずにはいられないのです。

阿私多仙人の占いはやがて現実のものとなる。王子は出家し、苦行の末に覚りを得て「法輪を転じ涅槃を説く人」となるのである。

 

チベット仏教には「有暇具足」という言葉がある。仏教を学び修行することが叶わない八の条件(八有暇)と、仏教を学び修する為に必須の十の条件(十具足)とである。

八有暇とは
一、地獄道に生まれること(地獄の住人は苦しみのあまり修行する余裕が無い故に)
二、畜生道に生まれること(無知な動物には仏教の教えが理解できない故に)
三、餓鬼道に生まれること(餓鬼は貪瞋痴の三毒にまみれている為、修道することができない故に)
四、天道に生まれること(天人は苦のない世界に満足するあまり修道への関心が向かない故に)
五、辺境の地に生まれること(仏教が伝わっていない地という意味において)
六、愚者に生まれること(仏教の教えを正しく理解できない故に)
七、邪見を持つこと(輪廻や業など仏教の根本的な教えを否定する見解を持つこと)
八、仏教の教えがない時代に生まれること

前半の四つの条件は「六道輪廻」という仏教の生命観に基づいた考え方である。万物が平等であると説く仏教において、人間に生まれることが最も尊いとするのは、人間に生まれればこそ仏教の教えを理解し、修道によって前世の悪業を滅し、今生において福徳を積み、来世の善き因とすることができると考えるからである。
仏教の教えが無い時代とは、得難き人の身を享けながら、仏陀の説法を聞くことなく死ぬこと、すなはち阿私多仙人の哀しみである。

十具足には、自己が具えるべき条件(内の五具足)と外的要因による条件(外の五具足)とがある。

内の五具足とは
一、人間道に生まれること
二、仏教の教えが伝わる地に生まれること
三、仏教を理解する能力を持っていること
四、過去において(今生だけでなく過去世においても)五逆の罪を犯したり犯させたりしていないこと
五、仏陀の教えを信じること

五逆の罪とは、父を殺す罪、母を殺す罪、解脱者を殺す罪、仏陀を傷つける罪、僧伽を分裂させる罪の五つをいう。

これに対し外の五具足とは
一、仏陀出現の後に生まれること
二、仏陀やその弟子達が法を説いたこと
三、その教えが今日まで継承されていること
四、今生において仏法に出逢えたこと
五、正しい師に出会えたこと

もしも今生において、この全ての条件を満たしているならば、それは極めて幸運な人生である。決して時を空しく過ごすことなく、仏法を学び修道に励むべしと説かれるのである。

文化庁の統計によると、日本には77,000余の仏教寺院と34万以上の僧侶が存在するといわれている(『宗教年鑑2016年度』)。
昨秋、来日されたダライ・ラマ14世は、謁見に訪れた日本人僧侶達からこの数字を聞き、感嘆されたという。
欽明朝の仏教公伝以来、日本は1500年にわたって、途絶えることなく法灯を護り伝えてきた仏教国である。
日本という国家の黎明期に先進の大陸文化として導入された仏教は、新しい国造りの為の支柱となり、我が国古来の信仰や風土と融合して独自の思想と文化を生み出した。
仏法を求めて命がけで海を渡った人々、堅固な菩提心をもって衆生済度に人生を捧げた人々、名も知れぬ多くの先人達の陰徳によって、この国の仏教の命脈は保たれてきたのだ。
21世紀の今日、世界を見渡せば、信仰の名の下に繰り広げられるテロや戦争、少数民族への宗教弾圧など、私達が当然のように享受してきた信教や思想の自由が、どれほど有難いものであったかを知らされる。
果てしなく繰り返す生死の中で、この平和で豊かな大乗仏教の国に生を受けた仏教徒の一人として、今、自分が何を為すべきかを問う。有暇具足の条件を満たした、得難くも貴いこの人生を与えられたことの意味を、問わずにはいられないのである。

2017年9月29日入稿

文:湯通堂法姫

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