2000年12月8日 十二月(成道会)例会
【ゲストスピーチ:『伝統建築の今昔』 財団法人建築研究協会理事・日本建築研究室室長 大沼芳則先生】
仏教クラブ 十二月(成道会)例会
伝統建築の今昔
司会の家田事務局長より紹介された今回の講師、大沼芳則氏は、小柄で、物静かな方だった。
http://www.comminet.or.jp/people/johgi/keidai/sinhondou/sinhondou.htmたんたんと静かにお話になる様子は、氏の仕事に対する大きな自信からなのか、堂々とした落ち着きと風格を感じさせられた。 氏のお話を要約し、以下のとおりまとめさせていただいた。 奈良の東大寺などの大きな寺院建立には、大きな材木を、使用しなければならない。 運送に莫大な費用と労力・時間を必要とする為、琵琶湖を水路に材を運んだと推測できる。このことから、その周辺の材を使ったと推測される。(石山寺などが古い例) 昔(奈良・平安・鎌倉)古建築の調査・研究から――。 社寺建築の工法や工具は、6世紀に中国より、輸入された。 工具は、12世紀後半の東大寺再建の頃、一番発達した。その頃から、柱にたくさんのヌキ穴を開けることができるようになり、それ以前には、ほとんど、ヌキ穴は見受けられない。 鎌倉期の古建築の特長として、木材の一致が少ない。桧材、カツラ材、ケヤキ材、松材などバラバラで、材の収集に苦労が伺える。 そのうちでも、良質のケヤキが主流だったが、そのケヤキは、日本の風土で、最高の材質に育つことが出来た。 木材そのものが木目もきれいで、緻密で、硬い。 尾洲桧などのように、水路(谷川)を3ヶ月以上も通って運ばれて来た材は、水分と樹脂が入れ替わり、現在のような優れた道具が無い時代でも縦に割る事が容易にできた。→水に浸すことで、良質で加工しやすい木材に変化させた。 今(平成) カナダやアフリカからの外材といわれる輸入材木が、圧倒的に多くなった。日本産と違って、材質はかなり落ちる。 日本の植林では、杉などは70年〜80年ものを間伐するが、間伐材がことのほか安価で取引される為、採算がとれず、それもままならなくなってしまった。そのため、大きな木が育つ環境が、無くなりつつある。よって、しばらく、外材に頼らざるを得ない状況が続く。 そのことから、重要な研究課題として、集成材の研究がさかんになってきた。 間伐材のノリによる貼り合わせにも、けっこうなコストが懸かるため、米松などの安価な材が使われるようになってきた。 現在では、長時間、水に浸さなくなった為、後に、ヒビが入る。その対策として、柱などの背割り(溝)を入れ、防ぐようになった。 ●余談として、お仲間の松田氏が、先般の室生寺の修理作業をされた時のお話もされた。
以上、関連サイト http://www.sumiken.co.jp/archi/w_shosouin/ws00.html http://www.iijnet.or.jp/goyou/library/pref_library/kyoken04.html その後、会長より寸志が渡され、家田事務局長より、氏に入会の薦めがあった。会員皆、拍手で歓迎した。 また、会食の団欒に、家田事務局長が久々に出席された椋田知雄会員(市会議員)に「年末になると、なんで、こんなに工事が多くなるのか?」と、いつものように、にこやかに、率直にするどく質問された。 椋田氏のお答えは、あまりよく分からなかったが、市議会の様子をお話になった後、最後に、事務局に次の要望されたことが印象に残った。 「最近、ヨーロッパに視察旅行にいったが、キリスト文化がイスラムの文化に脅威を感じているらしい。我が日本でも、昨今のイスラム圏の人種が増えてきたことを考える時、仏教者も、もう少しイスラム教を勉強する必要があるのではないか――。」とのこと。 「またの機会に、イスラム関係者の講演をお願いしたい。」と、そんな要望があった。 |
写真・構成・文:Shokan Fujino