2000年5月12日 新茶家族例会 嵐山嵯峨小旅行、
1時30分センチュリーH→2時20分嵯峨釈迦堂清涼寺→竹内栖鳳記念館→嵐峡館にて食事宴会→6時半散会
| 今回の、新茶家族例会は、あまりにも身近すぎて、案外穴場かもしれない、新緑鮮やかな嵐山方面へ、会員の家族と共に小旅行を計画しました。 参加者は50名以上となり、なかなかにぎやかな小旅行となりました。 昨晩には久々に雨に降られ心配していたのですが、集合する1時半頃には晴れ間が出て、蒸し暑くなっていました。現地集合組とは清涼寺などそれぞれが、都合の良いところで合流しJTBでお世話いただいたバスは、まさに足代わりのみといった感じでした。 まず最初に着いた嵯峨釈迦堂・清涼寺では、執事長さんの寺院沿革や生身の釈迦像のお話をお聞きし、 皆一様に、興味を持って聞いていたようです。 少し、清涼寺と生身の釈迦像についてまとめてみますと、 ご承知のように嵯峨釈迦堂は、右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町にある浄土宗 のお寺です。 東大寺の僧ちょう然は、983年、中国人海商の船で、建国まもない 宋へ渡りました。 その頃、ペン京の啓聖禅院には、インドの優填王が栴檀 の木に、生前のお釈迦さま、37歳のお姿を刻んだ、等身大のお像がまつ られていました。 このお像を礼拝したちょう然は、「生身のお釈迦さまのお姿 を、故国の人にも拝ませたい」と考え、中国人の仏師にこの像を摸刻させ ました。
また、他の数々の国宝や重文の寺宝や、廚子など復興された桂昌院ゆかりの品々も鑑賞でき、満足のいく寺院拝観でした。 次に、清涼寺から、ものの五分ぐらいで到着する近代日本画の巨匠「竹内栖鳳記念館」を見学しました。 ここの内容は、上のリンク部分をクリックしていただければ詳しく分かることになっていますが、 卓越した彼の描写力は、東の大観(横山大観)、西の栖鳳と呼ばれるほどに、有名です。 数名の会員が、この有名な竹内栖鳳の名前を知らないと聞き、驚きました。彼の育てた弟子のほうが有名で知っているとの声も聞きました。 破格の入場料(3000円)の意味はよく分かりませんが、皆ビックリしていたようです。 しかし、優秀な作品群鑑賞に、格調高い一時を過ごし、画室を取り囲む庭園も見学して、嵐峡館に向かいました。 渡月橋の南岸から渡し舟にのり、岩田山の下まで遊覧出席者全員が乗るとさすがにエンジンも気の毒そうで白い煙を吐きながら、1キロ先の嵐峡館に到着。
趣のあるそのたたずまいは、はるばる遠いといころへ来たような不思議な錯覚を全員に感じさせ、旅行らしい気分に浸らせてくれたようです。 五十嵐隆明会長が欠席のため、菅原達孝副会長より挨拶があり、家田隆現事務局長から会員の出入りや次回の墨蹟展の支援先がモンゴルに学校建設に決まったことなど報告があった後、おいしい会席馳走をよばれながら、歓談し、 午後6時半、また、渡し舟2艘に分かれ渡月橋→バスにてセンチュリーHへ→7時半頃到着、散会しました。 |