2000年6月9日 (雨安居会) メンバースピーチ。 知恩院執事長 牧 達雄上人、昨年につづいてモ ンゴルのお話
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五月の家族例会は総勢五十六名で、新緑の嵯峨・嵐山を楽しませていただき
ました。安直な企画ではありましたが、ご参加のみなさま、いかがでしたでし
ょうか。 六月は雨安居例会。しっとりとした、うっとうしい、梅雨シーズン到来。 今回の例会は、まずいつもの司会進行役の家田事務局長が東京出張の為、欠席で事務局次長の山路氏が勤めた。また、会長の五十嵐氏も多忙の為欠席。菅原達孝副会長より開会の挨拶があった。 五十嵐会長の晋山式の様子などを出席者に紹介し、新法主の力強い仏教興隆の為の努力決意を、分かりやすい現代語で感動的に聞いたと感想を述べられた。 また、去る4月20日に会員の掃部光暢・光昭氏の善峯寺寺宝館文珠堂落慶法要が、営まれたが、これに対して、副会長よりお祝いが手渡された。 また、山路事務次長より、タイ国 ドゥアン・プラティープ財団より 第五回「三宝の集い」 で寄金したさいの御礼と「生き直しの学校」建設の完成報告書が、出席者全員に配られ紹介された。
また、馬を引くガイドの少年のさわやかな身のこなしや礼儀の良さ、目の輝きが印象的だったとも――。 ウランバートルという都会には、そういった活き活きとした子供達が教育を受けたい一心で、地方から親元を離れ集まってくるらしい。しかし、現実は、甘くなく、行き先を失った子供達が、マンホールチルドレンとして生活している現状をお知りになり、心を痛めたそうです。 そのことを、昨年の仏教クラブ例会でもお話になり、会員から「それなら今年の支援先はモンゴルに学校を」という話しになり、そのことを電話で大統領婦人に報告されたそうです。 このことに心を痛め、独立10年の新しい国の行く末を案じる大統領婦人は、大喜びで、それなら――。 ということで、婦人との間でかわされた話しの内容について、次のことをお話になりました。 モンゴルは、もともと仏教が盛んだったが、法難にあった。 1万数千人の仏教僧が簡単な裁判でA・B・Cのランクに分けられ、虐殺された経緯もあり、たくさんの寺院も壊され、仏教が再興されたのはわずか10年前のペレストロイカからという。 現在、70年間にわたり仏教をはじめとする宗教空白の時期があるため、日本からのエセ仏教者が進出し、宗教に対して純粋無垢な国民が、本来の正しい教えに気づかないまま推移しているという。 もともと、現大統領をはじめ、政府は、仏教の教えを道徳基板に教育を進めたいと考えており、少年期にきちんとした仏教を習得した者が国のリーダーとなるべきと考えていたそうです。 大統領婦人の希望で、このこと(国造りの基本)に援助が戴けたら・・・。ということになり、日本の既成仏教が関わった形なら、なおさらモンゴルの少年僧を育てる僧院(学校建設)の為に援助をいただけないか! ということになったそうです。 約30分の援助先説明のお話に、主席者は、納得したようです。 仏教を基板にした教育こそが、これからの日本に必要ではないかとの声が大きい昨今、もともと活仏の仏教母体があったにせよ、70年の空白を埋めるように、このことを当たり前に、新しい国作りを進めるモンゴル国に、誇りに満ちた明るい未来を感じました。こんな、大統領が日本にも欲しいものです――。 メンバーの元文部大臣、奥田幹夫氏が、会食前の乾杯の発声で、モンゴルの子供達の貧困の中でも、未来を信じ、礼儀正しく誇り高く生きている様子は、教育の本質を見せつけられたような気がする。 日本の教育制度と宗教(道徳)との関わりの必要性を考えさせられたとの感想を語られた。 ※奥田氏は今回の衆議院解散を期に、長年の議員活動を終えられるそうです。ご苦労様でした。 また、奥田氏から、寂光院の本尊(重文)の焼失事件などを例に挙げ、文部省が、寺院の文化財保護の立場から寺院側からの提案を求めているとも訴えておられました。 |