2001年12月14日  12月 (成道会・家族) 例会  忠臣蔵ゆかりの地、山科と東山を訪ねて

  仏教クラブ 12月(成道会) 例会
 元禄十五年十二月十四日の夜、本所松坂町の吉良邸へ大石内蔵助ら四十七士が討入ったという、まさにその日。大石の山科閑居跡の岩屋寺・大石神社・討ち入りを誓ったお不動さまの法住寺・討ち入りを決めた円山会談の地をめぐってみました。こんな身近なところに忠臣蔵ゆかりの地があったのかと驚きさえ覚えました。                    
 
予定
 日時 平成十年十二月十四日(金)午後一時 バスにて大石神社、岩屋寺へ向け出発。
 五時すぎにバスは、食事会場の左阿弥へ。食事後、左阿弥にて解散。
 食事会場 左阿弥 東山区八坂鳥居前東入 電話:五六一の二二〇〇


山科の岩屋寺、大石神社、東山の法住寺を訪ねて
忠臣蔵
1701年3月14日、播州赤穂藩主浅野内匠頭長矩が、江戸城松の廊下で、高家筆頭吉良上野介義央に刃傷に及び切腹。翌年12月14日、正確には15日未明、浅野藩遺臣赤穂浪士四十七人が吉良邸に討ち入り、上野介を殺害した。
この事件は早速劇化されたが、幕府により上演中止となり、以後47年に渡って本格的な劇化上演は行われなかった。
浅野内匠頭刃傷切腹事件から、2001年の今年まで、既に300年という長い年月が経過したことになるが、今尚衰えを見せない人気ぶりには恐れ入る。その人気ゆえに、実際の事件に基づいて、様々な形の『忠臣蔵』が製作されることになったが、そのほとんどは、四十七義士による仇討ちをクライマックスに据えた、男の本懐の物語である。

詳細はここ

アルバム
バスを降り、大石神社を後にし、まずは岩屋寺へ、快晴!! 岩屋寺では、皆で般若心経を唱える
岩屋寺は、大石良雄の山科閑居址 本尊不動明王は良雄の念持佛だったとか――。 岩屋寺は、近畿三十六不動尊第24番札所でもある。
岩屋寺、義士ゆかりの品々を拝観 子供義士行列
甘酒の接待を受ける 岩屋寺から裏道を通り、大石神社へ
大石神社で、記念写真撮影。  大きな写真262Kbもあります。 会員専用ページからどうぞ


三十三間堂東、京の身代りさんこと、天台宗 法住寺
良雄が身代り不動に詣で、大願成就を祈誓した。 法住寺蔵:後白川法皇御木像
法住寺にて、お茶の接待を受ける。 お茶の接待に、少し緊張する参加者

左阿弥での写真は、会員専用ページにてどうぞ・・・。

なお、左阿弥での例会の席で、家田事務局長より、新人会員の承認を求める発表があった、塩竃会員と家田会員の推薦で、参議院議員で前京都府園部町議の小泉顕雄さん(50)、(同町の浄土宗・教伝寺の住職)が承認された。


Photo& Report:Shokan Fujino