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忠臣蔵
1701年3月14日、播州赤穂藩主浅野内匠頭長矩が、江戸城松の廊下で、高家筆頭吉良上野介義央に刃傷に及び切腹。翌年12月14日、正確には15日未明、浅野藩遺臣赤穂浪士四十七人が吉良邸に討ち入り、上野介を殺害した。
この事件は早速劇化されたが、幕府により上演中止となり、以後47年に渡って本格的な劇化上演は行われなかった。
浅野内匠頭刃傷切腹事件から、2001年の今年まで、既に300年という長い年月が経過したことになるが、今尚衰えを見せない人気ぶりには恐れ入る。その人気ゆえに、実際の事件に基づいて、様々な形の『忠臣蔵』が製作されることになったが、そのほとんどは、四十七義士による仇討ちをクライマックスに据えた、男の本懐の物語である。
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