お念珠のおはなし
福永念珠舗 代表取締役社長 福永荘三氏
昭和37年3月31日生まれ
大谷中学・高校・大学(真宗学専攻)卒
高校・大学在学中はクロスカントリースキー競技にて国体出場の経歴を持つ会長とおなじく新しい分野の商品開発にブレス念珠、宝珠、佛宝念珠等多くの商品がある。
お客様の意見を取り入れいかなる分野の商品開発に意欲的に取り組む。
趣味:スポーツ・パソコン |
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| お念珠のおはなし |
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●お念珠とは・・・。
別名 数珠とも言う。土地の名前などでは「珠数」と書いて「じゅず」という場合もある。インドでは梵語で「鉢塞莫(ハソマ)」、中国では梁の時代に「数珠」の言葉がすでにある。
お念珠は申すまでもなく小さな珠を数多く糸に連ねて、環のような形をつくりこれを手にかけて御仏の前にぬかずき、礼拝するときに用いる道具・法具とされる。
仏・菩薩を礼拝し、一心に唱名念仏、誦経祈祷するときに用いるものとされている。
けれども、お念珠の用い方には多くの数の珠を取って唱名念仏を唱えるときに、何回唱えたかの数を記憶するために珠をつまぐってお念珠を用いたのが始まりとされている。 |
●お念珠の起源
お念珠の起源に関しては「仏説木?子経(ぶっせつもくけんしきょう)」(大蔵経)に詳しくでている。
その中で釈尊の話がでています。
釈尊が耆闍崛山(ぎじゃくつせん)、訳して霊鷲山(りょうじゅせん)又は霊山(りょうぜん)の中におられたとき、難陀国(なんだこく)の波流離王(はるりおう)の使者が参りまして釈尊にこのように言ったそうです。
「我が国は実に小さな国であり、内乱が続き、国内の疫病と共に国民の困苦は言葉に絶している状態にあります。何とかして如来の威神力によりこれを救済せられる方法はないものでしょうか?」と嘆願された。
そして、釈尊は「未来衆生のために朽方便がある。
まず、木?子を108粒連ねて行住坐臥、常に自らを従え、心に仏陀の名・達磨の名・僧伽の名、すなわち三宝(仏・法・僧)の御名を唱えては一過し、これを十遍〜百千万遍 更に怠ること無ければ現世には百八の煩悩を消滅し、無上の果徳を証とすることができる」と示された。
そこで、国王は木?子の念珠を1000連作らせ親族・家来・国民に分かち与えて共に念誦したところが、その功徳は拡大であったことがお念珠の起源といわれている。
しかし、念珠の起源は釈尊が最初のように思われていますが、実は下記の他の経典にはすでに108念珠の記されています。
「諸仏境界摂真実経(しょぶつきょうがいしょうしんじつきょう)」(大蔵経18巻)「守護国界主陀羅尼経(しゅごくかいしゅだらにきょう)」(大蔵経19巻)ただし、釈尊が随機の一因縁によって念珠の功徳を説き、「大いに尊重愛用せよ」とお勧めになってから世間一般に知られ、今日の如く、必ずお念珠を持たなければならないようになった。 |
●108玉の意味
お念珠の108玉はいろんな経典からみると、1080玉やまた半分の54玉、4分の1の27玉などいろいろな数のものがある。
現在では108玉念珠は玉数に合わせ個数の意味を持たせ正式なお念珠としてお作りをしていますが、「携え易きに便りす」の言葉通り、今では108玉の6分の1である18玉までこだわりの個数でお作りするお念珠もある。様々な玉の大きさや、羅漢様を彫り込んだ羅漢彫、骸骨をかたどった髑髏彫にあるように玉数のこだわりよりお念珠の大きさに合わせて様々な個数でお作りするようになった。
聖徳太子に始まり、弘法大師、慈覚大師、円光大師、見真大師など経典、仏像や仏画に残されているようにいろんな形のお念珠が今も伝えられている。
たとえば「百万遍大念珠」について
「阿弥陀経」に「若し人、阿弥陀仏を念じて百万遍已去を得ば、決定して極楽世界に生きるる事を得る」とあるのを中国の道綽禅師が「七日、専心に念ずれば即ち百万遍を得るなり」と教えられ、日本においては聖覚法印が法然上人の第三年の御法事に道俗を集めて七日間、百万遍念仏を勤められた。
その後、天変地災、悪疫流行の年にここに知恩院第八世善阿空円に命じて百八の念珠を10連あわせて1080玉の大念珠を作り、紫震殿において七日間百万遍の大念仏を唱え、大いなる利益を受けられたことがこの百万遍大念珠の始まりであるといわれる。
今日では百万遍大念珠を用いる場所の大きさに合わせて、玉の大きさが変わったり、半数の504玉念珠もお作りしている。
百八のお念珠は何を示しているのでしょう?
一般には百八の煩悩を示したものであると言われる。また、百八尊の功徳を示したものであるとか、あるいは百八三昧の功徳を示したものであるといわれている。
百八念珠には108個を連ねるための縄線(糸)を観世音菩薩となし、その糸によって108個を連ね、その一方の54個にところに母珠(親玉)を加えており、これは無量寿仏(阿弥陀仏)を示したものであるといわれる。
なぜ母珠が必要なのか?
母珠で二分するのは必要上から加えたもので百八念珠の片一方を54位となし、十信・十住・十行・十廻向・四善根・十地を示して菩薩最初の発心から成仏に至るまでの行位を明かしたものとされる。一方の54を本有本具の位地、そしてもう一方の54を修生修顕の位地といわれ本有の方面と修生の方面とから説明される。1本の糸をもって諸々の珠を貫き通すことは一行者あまねく諸位をふることを表すといわれる。
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●念珠の材料について
今では様々なお念珠の珠を用いますが、現在日本でとれる材料は少なくなっています。
今では甲府でとれた水晶もブラジル等から多く輸入に頼っている。
また、木の実や木製品は中国・インド諸国等から入っている。古来より七宝と呼ばれる数珠の材料にはいろんな説はありますが、金・銀・水晶(玻璃)・瑪瑙・シャコ貝・珊瑚・瑠璃(ラピス)があげられる。この中でも水晶をたとえると、今では人工的に作ることが可能になった。
人工水晶といっても天然石のかけらから人工的に地中で育つ水晶と同条件を与えることによって大きく成長させることができる。但し、板状の結晶水晶になるため六角柱の天然水晶のような形とはならない。
そのため成分は全く同じでも光の通し方には少し違いがでる。
また、珊瑚についても白・ピンク・深海・桃・古渡・血赤といわれる種類に分けられる。
(業者によって言い方の違いはありますが・・。)
なぜ、色が違うのか?海の中で育つ珊瑚は海水による紫外線の妨げによって深い海でとれる珊瑚ほど赤い色を持つ。
浅瀬でとれる珊瑚は白い珊瑚が多い。
この珊瑚には現在、人間の技術の進歩、機械化によって採集することが簡単になる一方、何十年何百年もかけて育ってきた珊瑚がいとも簡単に採集できてしまうようになったのです。
自然と共に歩んできた人間が私欲のために自然を破壊していると言って良いでしょう。
珊瑚も限りある資源となっています。
大切にお使いいただきたいお念珠のひとつです。
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