京都新聞(夕刊) 2000年(平成12年)5月6日 土曜日 より

宗派の教え現代の言葉で
浄土宗西山禅林寺派管長 五十嵐隆明さんに聞く  

紅葉の名所でもある永観堂禅林寺(京都市左京区)は、平安時代に真言系の寺院として建立され、その後、みかえり阿弥陀(重要文化財)を本尊とする浄土宗西山禅林寺派の総本山となり、現在に至っている。
今年2月、宗派の管長と総本山の法主に就任した五十嵐隆明氏(六七)に、抱負や宗派を超えた仏教活動などについて聞いた。  (社会部・藤田冶久)

いがらしりゅうみょう氏
1933年、京郡市生まれ。
55年、龍谷大文学部卒業。

浄土宗西山禅林寺派の
教学部長、宗務総長を経て、
今年2月から、現職。
同時に総本山永観堂禅林寺
の法主に就任。
98年から仏教クラブ会長。
「みかえり阿弥陀のように、止まって左を向 くことは、
自分を顧みることでもあり、現在 のこご時世にも通じる」
と話す五十嵐管長



宗教界に投げかけられた問題
社会的に発言すべき

――まずは管長就任の抱負を。

宗派の教えを分かりやすく、現代の言葉で伝えて いきたい。
檀信徒だけでな く、大勢の方がお寺にお見えになりますから、そうい う方にも伝え、ご縁を結びたい。
法主といっても、ま だ若いですから、奥に引っ 込まずに率先して外へ出て行きたいですね。
脳死をはじめ、宗教界に投げかけられた問題は多いが、仏教者の発言は少ない。
私は禅林寺住職として、社会的に発言すべきだと考えています。
改正宗教法人法についても、より良き法にするために、他の教団の方と話していきたいですね。

――永観堂には、臨終を見取る独特の手法があったそうですが。

 「山の向こうにおりられた仏さまを描いた国宝の 『山越阿弥陀図』があります。
びょうぶ仕立てで持ち歩きができ、かつては、息を引き取らんとする人の合掌した手と、絵の仏さまを五色の糸で結んで、『死は怖くない、仏の世界へ行くんだから』と話して見取っ た。
医療が高度化した今こそ、人の死にはどういう見取り方がいいのか、考えなきゃいけない。
医療を超えた見取りの伝統的な手法があることも、普及すべきと思います。」

――寺と宗派の歴史は。

 「弘法大師(空海)の高弟の一人、真紹僧都(シンショウソウズ)が藤原関雄(セキユウ)の山荘を買い取って真言系の寺とし、奈良の東大寺から招いた七代目の永観律師(ヨウカンカツシ)が念仏を始めた。
その後、真言系と浄土系がこん然一体となった寺を整理 し、法然上人のお念仏信仰 を持ち込んで、浄土宗になった。
宗派ができたのは法然上人が立教開宗してからで、寺としては弘法大師の時代までさかのぼることになります。」

――有名な本尊のみかえり阿弥陀の如来は。  

永観律師が東大寺から 阿弥陀仏を背負って来て、 本堂に安置された。(平安中期の)永保2年2月15 日の明け方、永観律師が念仏行道をしていると、阿弥陀さまが須弥壇(シュミダン)から降り、 左を向いて、『永観おそし』 と言われた。
あまりに神々しいので、『姿をとどめたまえ』とお願いした。そう寺伝に有ります。
左は慈悲を表すので、遅れて来た方々にも振りかえりながら救済しようということでしょうね。」

――総合教化センターの設立を進めていますが。

 「寺院を取りまく環境には、教団だけでは解決しがたい問題が有ります、例えば、塔婆(トウバ)を焼却したらダイ オキシンが出るとか臓器移植や死刑制度、カル ト教団についても考えないといけない。
まず組織をつくり、宗派を超えた専門家を委嘱して、意見を拝聴しながら問題を解決していきたいと思っています。」

――仏教クラブの会長でもありますが。

 「宗派を超えて親ぼくを 図るのが目的の集まりです。奉仕、布施の行をやろ うと毎年、チャリティー墨蹟展をして、収益は途上国 の外国の学校造りに贈って います。」

――毎秋、境内の紅葉は見事ですね。

モミジ一本一本の配置を図面に落とし、成長を写真に撮って記録していま す。手入れをするから、大勢の方にめめでに来てもらえ る。
その積み重ねです。以前は11月10日ごろが見ご ろでしたが、近年は10日ほ ど遅い。温暖化なんですね。」