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懺悔の中にお念佛
沢田教英

 先日、ある新聞社の記者の方がお見えになって、次のようなお話をしておられました。

 日曜日、四歳になるお子さんが昼寝をしている間に記者さんは取材に出かけたそうです。 ところが、昼寝から寝覚めたお子さんが「お父さん何処へいったの。
「お母さん、携帯電話をかけて」と、泣いてお母さんに何度もせがんだそうです。
ところがお父さんは取材中で携帯電話のスイッチを切っていて、電話はつながりません。  お父さんが帰宅するなり、お母さんは「何度、電話をしてもつながらない。そんな電話なら持た なくてもいいでしょう。
「電話代も馬鹿にならないんだから」と、帰るなりの小言。
頭にきたお父さんは、売り言葉に買い言葉で、しばらく携帯電話を巡って口論が続いたそうです。

子どもさんは「喧嘩しないで」と、お父さんとお母さんの間をおろおろしながらいったり来たり。 揚げ句に、お母さんに「あなたが電話、電話というから、お父さんと喧嘩をしなければならないの でしょ!!」と八つ当たりされる始末でした。

仕事を始めようとしたお父さんの部屋に、しょんぼりしたお子さんがやってきて、「もう寝よう よ」と話しかけてきました。
喧嘩の余韻が残っているお父さんは「一人で先に寝なさい」と腹立ちまぎれに叱ってしまいました。

 我慢の糸が切れたお子さんはワッと泣き出し、寝室で一人で泣き寝入りしたそうです。 後味の悪さを残しながら目覚めた翌朝、お父さんのところへお子さんがやってきて、「お父さんご めんなさい」と謝るのです。
昨晩のことを謝っているのだと解ったお父さんは胸が熱くなり、思わず「ユウは悪くないよ。「悪いのはお父さんだ。ごめんよ」と、涙をこらえたそうです。

 こうした夫婦喧嘩の光景はよくある話ですが、お父さんは翌朝、東京への出張で新幹線に乗り、 読みかけの本を開いたそうです。最近、哲学者の梅原猛さんが書かれた『法然の哀しみ』という本 です。

 彼はちょうど法然上人のお書きになった『三部經釈』という解説書の『観無量寿経』の部分を 読みかけました。
『観無量寿経』は最初に、アジャセ太子がダイバデッタにそそのかされて父のビンパンヤラ王を幽閉し、餓死させょうとした王舎城の悲劇が描かれています。
  これに悲嘆した母イデイケ夫人に、お釈迦様が極楽世界や阿弥陀佛、観音、勢至二菩薩の観想の仕方や 九品往生の観想をお説きになったお経です。

 記者さんは、この部分を読みながら、「ごめんなさい」と素直に謝ることのできる子どもの白い心 に、一つひとつ墨を塗っているのは自分の身勝手な貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の煩悩だ、と自分を情けなく恥ずかしく思い、心の中で眺めて「ユウごめん」と反省したそうです。

 阿弥陀さまは、悟りを開く行として雑念を払い心を集中して仏様とお淨土を観想すること、平生 の乱れる心であっても徳行を行うことを『観無量寿経』 の中でお示しくださいました。

  しかし、そうした行は貪・癡・癡の煩悩に毒された凡夫には難しいとお考えになり、ただひたすらお念仏をお称えすることをお示しくださいました。

だからこそ私たち凡夫は阿弥陀様のみこころに従って、貪・瞋・癡に惑わされっぱなしでお念仏をお称え するだけではなく、自らの貪・瞋・癡を省みながらお念仏することが大切なのです。

  社会では、子どもたちの信じられない犯罪や登校拒否、学級崩壊などが問題になっています。

子どもは生まれた時は真っ白なままです。
真っ白な心を傷つけ、色を塗り込んでいくのは大人たちで す。
自分の身勝手な感情だけで発する言葉や行いで、子どもたちは知らず知らずのうちに傷ついて いるのです。
自らの貪・瞋・癡を日々の生活の中で懺悔しながら、お念仏の生活を送りたいもので す。

京都・安養寺住職