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沢田教英 さわだ きょうえい 昭和9年生まれ 西山淨土宗 京都 安養寺:住職 |
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●京の寺へ6歳で 4歳の特に父親が亡くなり、8歳で京都のお寺に預けられましたが、母親と離れても泣かずにいたため、そのまま寺に住むことになりました。 そして中学の時に尼さんになる心つもりで、髭をおろしてスポーツ刈りにしました。 少し恥ずかしかったけれど周囲の人に可愛がってもらいました。 特に担任の先生と国語の先生との出会いが人生の大きな転機となりました。 ●尼姿で高校生 中学卒業後、吉水学院(尼さんになるための学枚)に行くか、府立の高校に行くか悩みました。 というのはお釈迦さまの生まれた4月8日に尼になるつもりで剃髪したのに、翌日中学の担任の先生が来られて、府立高枚に入学できることがわかったからです。 思春期の女の子が頭を剃って、男子の多い府立高校に行けるかと、とても悩みました。 結局、大学へ行けるかもしれないという待望をもって府立高校を選び、頭を丸めたままの姿で高枕生活を送りました。 ●寺の掃除で毎朝遅刻 高枚時代は、お寺のそうじをしてから登枚したので、毎日遅刻でしたが、先生方は暖かい目で見守って下さいました。ソフトボールに打ち込んだのも楽しい思い出です。 府立高校を勧めて下さった中学の二人の先生達に感謝しています。 ●塾の先生をしながら大学へ 府立高校に進学して正解でした。 そのお陰で塾の先生をして学資を得ながら大学に行くこともできました。 結婚はしませんでしたが、生後50日目の子どもをもらい小中高でPTAの役員になり、人との出会いを 大いに楽しみました。 心豊かに生きるというのは、何事にも感謝する心が大事とつくづく思いました。 疎開先で畑作りをしたこと、幼稚園を建てるために苦労して免許をとったこと、養老院を建てたいと思い説教しに行ったこと、また調埋師免許をとりたいと思い勉強したこと・・・。 どれも結果的には、断念したけれど自分の人生にプラスになりました。 時間は自分で作れるものです。 ●人は一人では生きていけない いつも感謝を忘れず、人と人との出会いを大切にして生きていきたい。 全てを、良い方に解釈できるそんな人になりたい。
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