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なつかしい花祭

――現代の子供たちに「花まつり」を――
山路純正

 檀家さんからの月参りから戻った若和尚が驚いた顔で話しはじめました。
桜の花がそろそろ咲きはじめた頃のことです。
 『このごろの幼稚園では、花祭りの行事はないそうですね。宗教行事ということでだめらしいですよ。ところがクリスマスはあるそうです。
何か変ですよね』と。  

 花祭りとは、お釈迦さまのお誕生をお祝いする降誕会のことです。

季節の草花で花御堂を飾りつけ、なかに灌仏桶を置いて甘茶を入れ、その中央に誕生仏を安置します。
お参りしてきた子どもたちは、小さな柄杓で甘茶をかけてお釈迦さまのお誕生をお祝いしました。

 それはどこのお寺でも行われるうるわしい仏教行事でした。


 甘茶はお参りの方たちにふるまわれ、甘茶で習字をすると上達するとか、害虫よけのまじないになったり、さまざまな民間信仰まで生まれています。
だれにでも親しまれる「花祭り」という言葉に置き換えてこの行事をつとめてきた先人の知恵を感じさせます。
 
 子どもたちにとっても楽しみな行事であったはずです。

何時のころからか花祭りの行事もすくなくなってきました。
そして、お寺の庭から子どもたちの笑い声が聞こえなくなってしまいました。残念でなりません。 

子どもたちにとって宗教情操教育の大切さはいうまでもありません。
昨今の痛ましい事件や悲しい出来事を見聞きするにつけ、いまさらながら、その重要性と同時に私ども宗教家の責任を感じざるをえません。

 「子どもたちのために何か出来ることはないか」という思いをもった坊さん仲間で宗派をこえたグループ作り研修活動を続けています。
 数年前からは、京都の特色をいかし仏教系大学の児童教育や児童文化研究のサークルの学生さんたちとの交流会も始めました。
子どもたちとの年齢差と体力の衰えを感じはじめた中年坊さんたちに若さで喝を入れてもらおうという試みです。
おかげで研修会の参加人数も増え、いくらか活気を取り戻してきました。

 今年は、子どもたちに人気のあるパネルシアターの研修会を開催し子どもたちの教育に携わる人たちとも交流の輪を広げていこうと計画しています。
 しかし、「花祭り」を子どもたちの世界に復活することはたやすいことではないでしょう。かつてお寺では日曜学校もさかんに行われていましたが、それも価値観の変化や多様化のなかで選択肢の一つになってしまったからです。
それだけに私たちの努力も並大抵でないのですが、研修会には大いに期待したいと思います。

 手をこまぬいているわけにはいきません。

 なぜなら「花祭り」が生みだしてきたやさしい人間や社会の関係やありようが、いまこそ大事な時代になったと思えるからです。
人々の祈りのこころとお釈迦さまが、そうした関係をあたたかく見守っていたからです。

京都府向日市:慶昌院住職