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今年白寿をむかえられた福井の名刹・永平寺貫首の宮崎奕保禅師さまが、来年に迎える曹洞宗を開かれた道元禅師ご生誕八百年の記念行事のために来る15日、京都で記念の講話をされることになっています。
97歳のご高齢の禅師さまからどのようなお話が聞けるのだろうかと関心が高まっています。
高齢といえば先日、ある会合でもひとしきり話題になりました。
日本はいま、世界に類をみない早さで高齢化社会を迎えています。
もう少し正確に言いますと、高齢化と少子化が進んでいます。
出生率から見ると1997年は、1.39パーセント。
この数字は、15才から49才までの年齢別出生率を合計したものだそうですが、現在の日本の人口を維持するためには、2.08パーセントが必要だといわれます。
この現象、「子育てにお金がかかる」「育児の心理的・肉体的負担に耐えられない」ということが、大きな理由とのことです。
そしてもう一方の問題が、高齢化です。
その推移は、1997年が15.7パーセント、2020年が25パーセント、2050年が32.3パーセント。
2050年には、16歳から64歳までの生産年齢者一人が、こどもと高齢者二人の「面倒をみる」という高負担を余儀なくされ、相対的な労働人口の減少は、産業構造や生産力にも影響するだろうというのです。
そういえばテレビのコマーシャルでも何年か後にこどもが半減すると放送していましたが、ほんとうのことなんだとあらためて納得しました。
ちなみに2007年をピークに日本の人口は減少するのだそうです。
さて、宮崎禅師さまは、まさにこの一世紀を生きてこられた方です。
しかもそのご経歴をうかがうとほぼ90年が仏道修行ということです。
世界にも類を見ない高齢とキャリアの宗教者の一人であります。
その禅師さまが最近、評論家の草柳大蔵さんと対談した中に「烏焉馬となる」という言葉で、時代の意味を語っておられました。
焉烏(えんう)という語がありますが、これは二つの文字が似ていることから間違いやすいことを意味し、烏と馬は草書で書くと同じで、伝写をくりかえす間に「烏が馬になる」というのです。
つまり一世紀近い間に世間は、烏を馬に変えるように、ほんとうの意味を「百八十度も曲げちゃった」と、すっかり変えてしまったといわれるのです。
もとより、禅師さまは、変わったことを嘆かれるのではありません。
烏が馬になったと、間違いを指摘されるのであります。
では、その間違いとは何なのでしょうか。
それは、智慧から知識への変化に無頓着であったことではないでしょうか。
禅師さまは、自然を破壊する無理な生産、過剰な資本の蓄積、そうしたことを正当化し効率化する技術を知識と読んでおられるように思います。
つまり知識は「もの」でしかない。
対して智慧は、「黙って真理を実行する」こと、また「平常心是道」だと言われています。
自分の中の仏をとりもどすことなのだと言われているのです。
高齢化社会や人口減少は、ある種、知識の産物でありましょう。
とするならば、それを嘆く前に、ほんとうの自分を見つけ、天地自然の法則から遠ざからないような、日常生活をおくりたいものだと思います。
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