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風のたわごと 第二回
安川如風


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。」と平家物語にありますが、時代は刻々と変化していきます。この変化に対応するために、思うところがあり2月2日から9日までインド・ネパールに釈尊参拝の旅に行ってきました。
インド・ネパールは初めての旅で、インドに行くと人生観が変わるといいますが少し変わりました。
節が変わる2月3日に釈尊誕生の地ルンビニーに参拝できた事は本当に幸せでした。
それも妻と弟子1人連れて参拝できた事は本当に神仏のお陰です。お金と時間、仕事、家族の健康など、いろいろな条件が揃わないと行けません。
神仏のお仕事をさせて頂いていながら、やっと54歳になってインドへ行けました。
三蔵法師様が長い道のりを、長い時間かけて歩いて行かれたのに、飛行機でアッという間でした。
この不況の中、小さな会社の社長が仕事から離れて、仕事場を空けることはなかなか大変なことです。誰でも家を空けることは難しいことです。
しかし一歩踏み出さない事には何事も出来ません。
今回のインド・ネパール巡礼参拝の旅は仏教クラブ会員の水野梅秀先生の主宰なさる「インドマイトリの会」から8人で参加いたしました。
ちょうど8人位が旅行には最適です。
皆さん人間として素晴らしい方々ばかりでした。良い仲間と良い旅で、本当に感動と感激と感銘を受けた心に残る旅行でした。
「インドマイトリの会」は釈尊寂滅の地クシナガラに小学校を贈る会であり、貧困のインドの子供達に教育を受けることが出来るようにと設立されました。
今回水野先生が建てられた22校目の学校の竣工式と贈呈式を兼ねての参拝です。竣工式では心のこもった歓迎を受けて、校庭でのたくさんの子供達の笑顔が瞼の底に残り忘れられません。
普通インドの村社会では、女性が公式行事に参加することはありませんが、晴れ着を着た女性達が感謝の意を込めて、歓迎して頂けました。
鉄砲を持った護衛の男性もおられて、社会情勢の不安さも多少感じました。
今まで仕事に追われて、自分だけしか見られなかった私自身を恥ずかしく思いました。こんなところでこんな行動をしておられる人がいる事を、日本人の一人として誇りに感じます。
水野先生がクシナガラに建てられた慰霊塔があって、その慰霊塔の前で泣きながらお
話なさりました。
「小鳥の嘴に含まれた水で火事を消すように、全く小さな事で無意味な事かも知れませんが、釈尊のお生まれになったインドと日本との掛け橋になれば良いと思います」と言われました。今までの小さな幸せも大切ですが人間として大きな「志」も重要な事です。またまた心の中で「志のなさない私」に恥じました。
こうして出来てしまえば当たり前のようですが、これまで大変な危機が多くあったようです。先生はそのことを思い出されたのでしょう。
ネパールのルンビニーで釈尊誕生の地の塔と産湯をされたテントの場所を参拝して、インドの釈尊寂滅の地クシナガラに向いました。
ここで釈尊の涅槃像を拝み佛遺教経を奉納致しました。
この時、過去の思いに、何故か涙が止まりませんでした。冒頭に書いた平家物語の本物の沙羅双樹を見て、その葉っぱを拾ってきました。
子供達が拾ってくれるのです。靴も揃えてくれたり、沙羅双樹の実をくれたり、そばから離れません。
以後インドもネパールも物売りたちがそばから離れませんでした。
生活環境から考えると日本円の100円でも大金らしく、与えて良いものか思案しました。
乞食、手の指のないライ病者、汚い年寄り、牛と小便とうんこ、砂埃、しつこい子供たちの物売り、汚い小屋に藁の布団、現在インドの人口は10億人を超えているそうで、人間の生きている意味について考えさせることがありました。
仕事の関係上仏教には関心があり、日本にいる時には、人間は生きている意味があると思っていました。
それぞれ仕事があり、社会の役にたつことが生きている意味と考えていました。
それがインドに行って、仕事もなく10億の人間が埃だらけの中で、うじゃうじゃと蠢いていることを目の前にすると、個々の人たちの「生の意義」とはいったいなんだろうと思います。
「梵我一如」宇宙との一体感が本質真理であると仏教では説いています。生かされている「意義」を仏教では教えています。

私は仕事で良くお寺に行きます。お寺のそばにはお墓があります。
このお墓巡りをする事が好きで寛永、享保、明治の古い墓石と話し合う事があります。
その墓石の人生を思います。また3歳5歳で亡くなった子供の墓石を見ると、その親の事を思います。100年ほど前のお墓がもう壊れています。
地球の歴史は45億年、人生はよく生きても100年です。この刹那の人生に意味などあるのでしょうか。
私は今回インドに行って、生きている意味などないと思いました。死ぬことが苦しく怖いから生きているだけだと思います。
この考えはまさしく「風のたわごと」ですのでお読み捨て下さい。
意味がなくても生きている。
生、老、病、死、四苦八苦。人生は苦しく辛い。「何故?」
釈尊はこのことの意義を説いたのかなと考えました。
それから初転法輪の地サールナートの仏教遺跡を参拝いたしました。
古いレンガの僧院跡が広がり、2500年前のいにしえの時空を感じました。
その翌日、小船に乗ってベナレスの沐浴とガンジス河から昇る旭日を拝みました。ものすごい数の人々がガンジスの水を被り沐浴していました。ヒンドウー教の教えは解かりませんが、信仰の力はどの宗教でもすごいものがあります。
人間の弱さ、強さ、崇高なる思い、旭日を浴びながらいろいろな思いが過ぎりました。
そして私の亡くなった親族や縁のあった人々に手を合わせ冥福を祈りました。
河下には葬儀場があり、異様な雰囲気のところで、あまりよく見られませんでした。
生まれて死んでガンジスの骨砂になる。悠久の流れの中にその人の人生を埋めて消えていく。ここも心に焼きついた感動の聖地でした。
ネパール・カトマンズから飛行機で湖のポカラに行き、湖面に映るヒマラヤの壮大なる雪景色を見ました。ポカラで一番というロッジで泊まり、広々とした芝生の中でひと時の静寂に浸りました。
人生は人との出逢いの旅です。
水野先生、大倉先生、石橋さん、四元さん、篠崎さん、慶子、村崎、有難うございました。地蔵本願経の「多逢聖因、縁尋機妙」のありがたさを感謝いたします。

4月8日釈尊誕生の日から毎週日曜日の朝7時から9時まで「先哲先賢の教えを学ぶ安川如風塾」を開講します。儒教を中心した講義を岩倉中町工房で行います。
孔子、孟子、朱子、王陽明、佐藤一斎、大塩平八郎などの儒学者たち、空海、最澄、道元、法然、親鸞、日蓮などの祖師たち、中村天風、安岡正篤(まさひろ)それから教科書で教えない神話や神道の話など一党一派にとらわれない講義を2時間ほど致します。
小学4年生で10歳の私の一番弟子も参加予定です。
小さな嘴で火事を消すように無意味かもしれませんが、今の教育に疑問がありますので講義を始めてみます。
目の前の仕事も勿論大切ですので、これからもさせて頂きます。
神仏の絵付け全般を請け負っています。
文化財、一般社寺の彩色、壁画、襖絵、天井画、仏像彩色、仏画、それらの截金、掛軸その他の修復などです。良ければ何でもご相談ください。
名人、名工もたくさん知っています。ご紹介もさせて頂きます。
また滅び行く伝統的絵画技法の継承も行いたいと、「日本古典絵画教室」を今、準備中です。
机上の空論が多すぎます。
暗いと不平を言うよりも進んで明かりを点けましょう。
どうせなんて事ない人生です。

合掌
平安宮絵師 安川如風