仏教関係者が京都に集う会

平成12年(2000年)2月例会報告

涅槃会例会 メンバースピーチ「涅槃会に因んで」  池上省吾 上人

開催日:2000年2月11日

お釈迦さまのお亡くなりになった時のご様子を描いた涅槃図をかかげ、お釈迦さまの最後の説法をその内容とするお経『仏遺教経』をお称えし、追悼報恩につとめる涅槃会。
仏教徒にとって最も大切な日。
ご遺言もいえる「少欲・知足・遠離・精進・正念・正定・正慧・不戯論」の八大人覚の教えは、二千五百年前のもの。 時代の流れも感じさせず、色あせず、今も現代人への警鐘となっています。
人間はいつまでたっても大人になれないのか。

  • 今月のメンバースピーチは、いつもユーモアたっぷりな池上省吾先生の担当です。

まず演壇に上がられた池上上人は、西山浄土宗の布教師をされておられるので,
さすがに、さわやかな話し口調で場内をひきつけ、会場の全員が聞き耳をたてていたようです。
池上上人の義父がお亡くなりになる前に自分の骨を聖なるガンジスに流して欲しいと言われていたことと、その約束をお守りになるために檀家の方と一緒にインドまで、行かれたお話をされました。

ネパールのカトマンドゥから国内線飛行機でポカラに行こうとするとエンジントラブルで、長時間待たされたお話やポカラからバスでルンビニへ行くとき、途中でエンコし、その部品が届くまで当てもなく待たされたことなど、我々の社会では考えられない社会リズムをたん能されたようです。

ルンビニに着いたのは予定より遅く夕暮れで、しかもその日は文部大臣がきて国をあげての儀式の日でルンビニ園へ入れないことになっていたそうです。しかし、遅れて着いた一行には丁度良いことにそのセレモニーは終わり、せっかく遠い日本からおいでになったことなので、お入り下さいと、許可をもらったのだそうです。
しかも、上人一行が行かれたのは1996年の2月で、ちょうど現地の新聞にも載ったように、ルンビニのアショカ王の建てた柱の下を発掘すると「ここは釈迦のお生まれになった所なり」と書かれたものが出てきた直後で、おそらく日本人では初めてその事実を知った一人だとおおいに自慢されていました。

ルンビニに御自分が立たれ「天上天下 唯我独尊」と思わず言ってしまったことと、その言葉の意味を誤解されがちな「この世で一番偉い人間は私だけだよ」ということではなくて、この広い世界の中で私は一人なのです。Nunber OneではなくてOnly Oneという深い意味があるのだと力説されたのも印象的でした。

インドでは予定通りガンジス河になきお父上の散骨をされ、釈迦がアナンにお問いかけになったお話をされました。
「アナンよ、この広いガンジスの砂と私の爪の上の砂とではどちらが重いか?」
「それは、ガンジスの砂の方が多いに決まっています」
「アナンよ、ガンジスの砂が生き物全てだとすると、私のこの爪の上の砂は人間の数なんだよ。こんなに貴重な命だから、生まれてきた限り善行を積み清く生きなければね」
この釈迦のお話に付け加え、数の単位で”恒河砂”が有り10の56乗の単位でこれこそがガンジスの砂の数だということも教えていただきました。

  • 天上天下 唯我独尊
  • 人として生まれまた死ぬのであるのならば、多くの善いことをなせ
  • 比丘たちよ、そなた立ちに最後の言葉を告げよう。
    世は無常である。そなたたちは、怠ることなく努力せよ。

の書かれたプリントと御自分が採集された「ガンジスの砂、数グラム(爪にのるぐらいの量)をフイルムケースに入れて全員にプレゼントしていただきました。

また、日本国民がクリスマスには、あれだけお祝いをするのに涅槃会や誕生会にはなにもないことに落胆され、仏教徒でなにかできないか!?との問いかけもありました。
いずれにしても心の底から仏陀に帰依されてお釈迦様を一番に尊敬されている池上上人を存分に感じさせていただきました。
いつまでもさわやかな説法上人でいてください。今後ともよろしくお願い致します。

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