仏教関係者が京都に集う会

平成13年(2001年)11月例会報告

ゲストスピーチ:アラピスト 小滝 透 先生 「イスラム教と仏教の違いについて」

開催日:2001年11月9日(冬安居例会)

「三宝の集い」を直前に控え、脇目もふらずに、準備にかからねばならないのですが、あの日(9月11日)以来、気がかりなことが・・・。
自爆テロで一瞬にして五千人もの人を殺傷したイスラム過激派、そのテロへの報復として、一般市民まで巻き添えにしている米国。殺戮が殺戮を呼ぶ最悪の事態になるかもしれません。
一歩間違えば世界が破滅しかねない、恐ろしい状況になるような気さえします。
ことを正しく判断するためにも、イスラム教について、お話を伺うことになりました。

五十嵐会長開会の挨拶
会長不在のまま、管原副会長が、開会の挨拶をされる寸前、会長が五分の遅刻、ことのほか、交通の渋滞がひどく、気持ちだけはここ(会場)に向っていたと場内を笑わせた。
その後、早速、関心の高さからだろうか、大勢の会員が出席されたことでも分かるとおり、ゲストスピーカーにバトンタッチをされた。

仏教とイスラム教の違いについて

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小滝 透 先生プロフィール
昭和23年生。
金沢大学中退後サウジアラビアに留学し、
王立リヤド大字で学んだアラピスト。
情緒豊かなかな日本の宗教観を土壌に、イスラームのインサイダーとしての感覚を発揮する日本人としては、稀な論客。

【主な著書】
イスラーム教(神の世界史) 小滝透著 河出書房新社
イスラーム教 小滝 透 (著) 単行本 朱鷺書房
ムハンマド―神の声を伝えた男 小滝 透 (著) 単行本 春秋社
『神々の目覚め~近代日本の宗教革命』小滝透 春秋社
現在、中外日報に小説「異教の大地」連載中

絶対帰依

・・・イスラーム それはアラビア語で「絶対帰依」を表す。
絶対帰依!表記すれば極簡単なこの言葉も、その内実を知ればまさに戦慄に値する。
すなわち人は、神の下すいかなる「命」も無条件で受け入れなければならないのである。
この場合神の機嫌が良い時はいいであろう。だが、ひとたび機嫌悪くなれば、たちまち人は『(旧約)聖書』に出現する「大洪水の物語」を思い出していただきたい。
あの時神は、己の意に反する人を皆殺しにしようと決心した。そして、平然とそれを実行した。
人はこの時、ほんのわずかな者(ノア一族)を除いて、瞬時に絶滅させられたのである。
それを思うと、人は激しく戦慄する。そして、身の毛もよだつほど縮み上がる。
このような神に絶対帰依を誓うのである。
それが、いかに強い決意を伴うかは想像にあまりある・・・。

この氏の書いた文でも分かるとおり、イスラムとは、絶対服従を意味する――。

※き‐え【帰依】
神・仏などすぐれた者に服従し、すがること。帰投依伏。今昔一「三宝に―し」。「仏道に―する」

留学中のイスラム社会の印象

1970年サウジアラビアの王立リヤド大学へ留学中の印象。
3年間の留学生活で、女性とおしゃべりしたのは、たったの一回、しかも3分ほどとのこと。
会場の会員から驚きの声。
女性は、初潮を向かえると、眼だけ出して他はすべて布で覆い隠さねばならない。
それでも、現在、話題になっているタリバン政府のやり方での男女隔離政策ほどでもなかったそうだ。
また、印象的なのは、まさに、目には目をのとおり、公開処刑で、ほとんど男性の群集を前に頚動脈を大きな刀で切るのだそうだ。
盗人は右の手首を、2回目の盗人は左へと手首を切り落とし、それを広場に吊るし、それを見る市民は、口々に「この手が悪い!!」と囃子たて嘆いている状況があったとのこと。

イスラムとは?

白板に地図を書きながら講演をする小滝氏

白板に地図を書きながら講演をする小滝氏

イスラムの法以外に法などない。
イスラームの意味は、絶対服従という意味。
つまり、アラーの神に絶対服従(しもべではなく、アブドゥ=奴隷)→ムスリム(イスラムに帰依した者)ということになる。

神からの絶対命令→律法で、縛る。極端に言うなら箸の上げ下ろしまで、生活そのもをコントロールする。
ラマダンは、夜明けから日没まで、唾液すら飲み込んではならないという律法だそうだ。
法律ではなく律法という表現にイスラム法の意味がある。
神の機嫌の悪い時(大洪水やソドム)でも、絶対服従。
宗教家→法律家→軍人(オマル師)→政治家 ということになり。宗教家=政治家となる。
仏教やヒンズー教でいうお坊さんや、キリスト教、ユダヤ教の宣教師、牧師など専門職は居ない。

イスラムの宗教観、信仰とは、神との契約を交わしたことにより
外面的には、ラマダーンのように律法を守りることなのだが、内面的には、神への怖れや神の奴隷になることを言う。彼らの宗教観は、それに尽きるそうだ。仏教とはまったく異質なものだ。

※大洪水 ノア【Noah】
旧約聖書創世記六章以下の洪水伝説中の主人公。人類の堕落を怒って神が起した大洪水に、方舟(ハコブネ)に乗って妻子のほか各動物種一つがいずつを乗せて難を免れ、アルメニア地方のアララト山頂に漂着。そのため人類と動物たちは絶滅しなかったという。
※ソドム【Sodom】
死海の近傍にあった古都市。ゴモラと共に住民の罪悪のため、神によって滅ぼされた(創世記一九章)。比喩的に、罪業の都市。
イスラム教をもっと知りたい方はここに有ります

一方、アメリカをはじめとする、キリスト教、(ユダヤ教を含む)の思想は?

神・イエス・聖霊 の三位一体 が主流な考え。
ファンダメンタリスト(神の実体を感じ、神の奴隷となる原理主義)
リブラリズム(とりあえず、それらしい教えを聞く=大半が、この心の中の概念で位置付ける、比較的仏教に近い。倫理宗教と言われる所以。)

ムハメドも預言者、キリストも預言者。なのにキリストは神と同格である。
これこそがおかしいと主張。小滝氏も、どちらが正しいかと問われれば、セムの文化から中立の立場で意見を言わせてもらえれば、6:4の割合でイスラムの主張が正しいと思うと語った。

※セム語族:旧約聖書に見える人名。セム語族の始祖と伝える。 北アフリカから西南アジアにまたがる語族。ヘブライ語・フェニキア語・アラビア語・エチオピア語などがこれに属する。形態は屈折語。古くはハム語と近い関係をもち、ハム‐セム語族と総称

なぜ、テロが起きるのか!!

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2001/9/11 同時多発テロ勃発

歴史的経緯  イスラム側からの言い分として
①師弟関係の逆転(かつて、イスラムの文化を手本にそれを受け入れたのはキリスト教だった)
②キリスト教系大国の植民地化制作(力で、先生を足蹴にした)
③文化的忘恩

1、テロ行為の大義名分として、パレスチナ問題があることが重大。
2、聖地メッカのあるアラビア半島に、石油の利権で米軍が駐屯していることが許せない。
(もし、この地域から石油を採取できなくなったら、世界の1/3の石油が供給できなくなるし、反アメリカ社会に2/3の石油が流れるることになる。アメリカがアラビア東部の産地から退くことは有り得ない構造。)
3、イラクの経済封鎖
 

 

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2001/11/11 テロを認める 発言をするビンラディン氏

2001/11/11 テロを認める
発言をするビンラディン氏

 

アフガン空爆(戦争)の構図で分かる世界の目。勝敗の別れ目

1、国際社会対テロリスト——アメリカ・イギリスなどのスタンダードな価値観を持つ国の抗戦理由思考方向。
2、近代文明(国家)対イスラム文化の衝突———-ビンラディンのテロ、自爆行為の思考方向

bakuhatsu  kaburu  kaburu-kubaku
kubaku  sentoh ‚

アフガン関係の画像は、各新聞社のサイトより拝借。

イスラム社会を理解する為に

日本をはじめとする近代国家には、経済至上の概念しかないが、イスラムの国家には、その上位にアラーの神に絶対服従を契約した「奴隷」の住む国としての国家があることを認識しなければこの問題を深く考える事はできない。

米軍の戦闘機を見上 げるアフガンの少年

米軍の戦闘機を見上
げるアフガンの少年

決定的な違い
■神との契約、律法で、我が身や社会をコントロールするのがユダヤ、イスラム、キリスト教
■我の内面から倫理や法を導き出すのが、仏教やヒンドゥ教
テロや拡大する空爆に対して、どうすれば、解決するのかとの会員からの質問
やはり、パレスチナ問題を解決すれば、彼らの大義名分がなくなる為、テロがなくなるとではないかと答えた。
公開処刑の時には、その場に女性は居たのかという女性会員の質問
群集は、男性ばかりだったと記憶していると答えた。

※パレスチナ【Palestina ラテン】
西アジアの地中海南東岸の地方。カナンとも称し、聖書に見える物語の舞台。第一次大戦後、オスマン帝国からイギリス委任統治領。以後、シオニズムによるユダヤ人国家の建設が進展。
一九四八年イスラエル独立とともにイスラエルとヨルダンとに分割されたが、六七年イスラエルはヨルダン領のヨルダン川西岸地域を占領。
※ピー‐エル‐オー【PLO】
(Palestine Liberation Organization) パレスチナ解放機構。パレスチナ人を政治的に統合する機関として一九六四年成立。七四年アラブ首脳会議でパレスチナ人の唯一正当な代表として承認され、国連オブザーバーの地位を得た。

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講演の後、各テーブルで、今回の事件について真剣な話がもたれたようだ。

講演を聴いて

日本の自衛隊までもが参加しているこの戦争?は、イスラム世界だけでなく、米国一国支配の世界に亀裂が生じて、モザイク状に入り組んだ根深い対立が生まれる象徴的な出来事だと思えば、ひどく落ち着かない気分になる。
今回のテロ事件がなければ、小滝氏からイスラム教を聞くことはなかったし、深く考えることもなかったであろう。氏の講演を聞いた私個人の感想を最近、ネットで誰かが書いていた記事を読んで、同じ思いを感じたので少し書いてみた。

日本でもかつて宗教・民族の対立から大変な混乱に陥った時代があった。
大陸から渡来した新興宗教である仏教を巡る争いだ。
土俗信仰であった原始神道を擁護する土着の豪族と仏教を携え大陸からやってきた渡来人との間で起きたテロ行為の応酬は時代は違っても現代のテロ事件と共通するものがあると思う。

和を以って貴しと為す

この混乱を収めたのが聖徳太子であり、彼の定めた「十七条憲法」が大きな役割を果たした。
この中の条文「和を以って貴しと為す」はあまりにも有名だが、この精神のあり方を学ぶことで現代に至るまで日本は世界的にも珍しい宗教・民族対立のない地域となっていると思う。

過去、日本でも争乱の時代はあったが、それは覇権を巡る権力交代の争いであり今回のテロ事件のような背景とは本質が違う。
戦国時代末期に日本にキリスト教が伝わったときも日本人は寛大であった。
後にキリシタン弾圧という悲劇はあったが、あれはキリスト教の布教を隠れ蓑にした布教地の植民地化を狙った西洋人に対する弾圧であったと私は理解している。

日本人は千数百年にわたり宗教・民族の争いのない、世界的に稀有な環境の中で生きてきたが、その根底には聖徳太子の時代に学んだ「和」の精神があると思う。
世界の3大宗教と呼ばれその発祥をほぼ同時代にもつキリスト教と仏教そして、少々時代は異なるがイスラム教。
そのなかで発祥とともに反発するキリスト教とイスラム教が、氏の説明でもあったように歩み寄るのは容易ではないだろうが、願わくば争いを起こそうとする人々が「和」の精神を学んでくれる日が近いことを祈ってやまない――。

お断り:このレポートは、あくまでも、小滝氏の講演を聞いた私自身のまとめに他ありません。 藤野正観

Photo&amp:Shokan Fujimo

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