仏教関係者が京都に集う会

平成15年(2003年)7月例会報告

金子みすゞ の生家を尋ねて

仏教クラブ創立40周年の記念事業として、幻の天才童謡詩人・金子みすゞさんについて、その発掘者といわれ、金子みすゞ研究の第一人者である、児童文学者の矢崎 節夫先生のご講演が決まりました。
奇しくも今年は、金子みすゞ生誕100年の年。
みすゞが少女時代をすごした書店兼任居「金子文英堂」があった通りは、現在「みすゞ通り」と呼ばれています。みすゞが生きた頃の面影をのこす家並みには、それぞれに好きなみすゞの詩の書かれた小さな木板が飾られています。詩に登湯する場所、みすゞの菩提寺などもこの通りの中にあります。

長門市立金子みすゞ記念館は、4月11日、この金子文英堂跡地に完成しました。生家館では、金子文英堂を外観・内部ともできるだけ忠実に再現。みすゞの思い出深い湯所やものに関連した詩が、随所にちりばめられています。
展示館では、当時の資料やみすゞの詩を織り交ぜながら、みすゞの生涯が紹介されます。奥にある検察室は、みすゞの512編全作品が、写真や用語解説付きで閲覧できる空間。タッチ画面式の端末機が2台設置され、タイトルやキーワードで詩を検索でき、詩の朗読、みすゞゆかりの人々が語るみすゞ像などを視聴できるシステムになっています。
金子みすゞの詩のほとんどは、生まれ育った長門市仙崎を取上げたものです。その仙崎は、かつて捕鯨の地として栄えたところ。
漁師は捕った鯨に戒名をつけて過去帳に残し、またお腹にいた胎児に対しては墓をたて塞を弔ったといいます。
今も鯨の法要が行われます。そんな風土のやさしさが金子みすゞを生み出したのかもしれません。
そこで記念館の見学と、ゆかりの地を訪ねる日帰りの旅を企画してみました。

金子みすゞの生地を尋ねて

misuzu開催日:2003年07月11日/七月(夏安居)家族例会
旅程
日時 平成15年7月11日 午前七時半集合 全員集合の後
新幹線(7:42ひかり177号)にて出発一小郡一観光バスにて一青海島鯨墓一金子みすゞ記念館一みすゞ通り散策一少し遅めの昼金 大谷山荘一小郡(17:35ひかり174)一京都駅(20:26)解散
集合場所 京都駅南口 新幹線改札口

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misuzu-seika27月11日朝7時半、かなり早い集合時間にもかかわらず全員早めの集合、トンネルの多い山陽新幹線。

激しく揺れながら一路山口県小郡へ、駅前から観光バスに乗り込む、体が膨らんだと思ったら防長バスと家田事務局長のあいさつ。
今日の昼食は2時過ぎになると10時半バス内でおむすび弁当が配られる。

少し年配バスガイドさんの、案内を聞きながら青海島へ、途中金子みすず記念館の方が添乗案内、みすずさんゆかりの地を、詩を朗読しながら丁寧な説明、全員聞き入る。

kujira-monument青海島では鯨墓にお参り、海の見える高台にあり、捕れた鯨には全て戒名がついていると言う胎児はここに葬ってあり毎年鯨法会も行われるそうです。
鯨墓すぐ下には鯨博物館、クジラ捕りの様子や道具が見られた。

kujira-hakaいよいよ仙崎、ここは金子みすずさんが生まれ育った所、現在生家館と金子みすず館がありその前をみすず通として整備され、随所に詩が木片に書かれあちこちにかけてある、ここを散策しながら記念館へ。
天才童話詩人の生涯、作品、思い出深い品々、漁師町の信仰深
い訳、風土を合わせて考え、詩の生まれてきた背景を知り、うるうる、感激。

雨がときどきパラパラと降る中、昼食会場、湯本温泉大谷山荘へ、会席膳に舌鼓、お酒もおいしくいただきました。
2時間があっという間の和やかな懇親の席でした。

再びバスにて小郡まで、雨が本格的に降ってきた。
小郡駅で新幹線の切符を各自受け取りのんびりと、でも、なんだかしきりにアナウンスがある、私たちは、「添乗員がいる」という安心感から気にせず、みやげものなどみてまわっていた。

添乗員さん、駅のアナウンス聞いたら、博多小倉間豪雨の為運転取りやめ、予定している「ひかり」が来ないのである。
帰れない?これには驚いた、添乗員さんの顔色が変わった、え~どうしよう、と、とにかく次に来る「こだまに」乗ってください、とみんなバラバラで買い物したりトイレに行ったり、えらいこっちゃ。

みすずさん風に書けば・・・・。

パニック

今日の遠足 帰り道、 添乗員さんが 慌ててる
階段下りるの 落ちるほど、 添乗員さんは 急いでる。
敵が攻めてきたかのように慌ててる。
帰りの ひかりが来ない とか このこだまが最終 だとか
スピーカーは、繰り返し。

運転取りやめ雨の為、運転再開わからない。
とにかく次のに乗ってくれ、あとは なんとかなるでしょう。

みんなの耳が立っている、私、これからどうなるの
不安だけど この列車、乗ればなんとかなりそうな
みんな乗ったか、残ったか、安否確認何回も
頭数えてウロウロと、車掌さんより忙しい。

携帯電話にありがとう みんなの無事をありがとう。
深い思い出有難う。

予定していたひかり号が、岡山発で用意されました。
やはりここは、乗り換えなければなりません。ゆったり指定席で帰京できました。
小郡駅で3人の方が残っておられたそうですが、1時間ほど遅れ、皆さん、ご無事でお帰りになったそうです――。

Photo& Report:小泉武寛
金子みすゞオフィシャルサイト     みすゞ

編集:Shokan Fujimo

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