仏教関係者が京都に集う会

平成15年(2003年)9月例会報告

ゲストスピーチ「京都の失われた地名の話」 京都地名研究会 代表理事:吉田金彦先生

開催日:2003年09月12日/9月 (秋彼岸会)例会
 
いつのまにか、姿をあらわす彼岸花。
最近では愛らしい「リコリス」という名で呼ばれ、花色もピンク、黄、白、育と、さまざまな品種が作られています。
夏の花々が色を失ってくるころに、美しい花を咲かせます。
そのライフサイクルも他の植物には無い不思議な魅力を感じさせます。仏道精進週間(お彼岸)にふさわしい花といえるでしょう。
今月は秋彼岸例会です。京都地名研究会の吉田金彦先生に京都の地名についてお話をうかがいます。

澤田副会長開会の挨拶

sawada (1)暑さ寒さも彼岸までと言いますが、今年は本当にいつまでも暑くて、本来の秋らしい気候が待ち遠しい感がします。
で、お彼岸、敬老の日ということで、私事で申し訳ないのですが、自坊には自分の師匠が満100歳を向かえ、今日、小泉純一郎という方からお祝いのお手紙を頂き、銀杯も頂きました。
京都府からも、また京都市からは4名ものお使いの方がお見えになり、結構なお品を頂きました。100歳まで生きるとこのようなお祝いがしていただけるんだなぁとつくづく感じさせていただきました。
聞いてみますと、京都府下では、なんと659人、全国では20000人ということで、ますます高齢化社会となっていく現代にいささかの不安も感じ、うれしいたら悲しいやら困ったことです――。
と締めくくられ、今日のゲストスピーカーを紹介された。

失われた地名の話

京都地名研究会 代表理事:吉田金彦先生

吉田金彦 Kanehiko Yoshida

吉田金彦
Kanehiko Yoshida

姫路獨協大の名誉教授でもある先生は、始終笑みを絶やさない、優しい温和なお人柄のよう思われた。
ゆっくりと歩み寄り演壇にお立ちになった先生は、にニコニコ顔でお話を始められました。
我々会員の大半が住む京都の地名も、突き詰めて研究して行くと、実はアイヌの言葉に突き当たるとか。
各席にレジメをお配りいただき興味深い地名のお話をしていただいた。
お話の内容は専門的になるので、京都地名研究会 のサイトをご覧になっていただきたい。
 
「烏丸」は「河原洲+マウル(村の朝鮮語)」であり、上賀茂神社の残る神事としての「烏相撲」も「河原洲」の相撲を意味している。
「押小路」の「オシ」は「イソ(磯)」であり、「姉小路」の「アネ」もアイヌ語で小川、さらに「洞院」の「トウ」もアイヌ語で水流を意味する。
京都盆地はかつて随所に水が沸き出で、縦横に小川の流れる湿地帯であった。
 
淀川をさかのぼって、この湿地帯を見出し、住み着いて、開発した人々の空間認識が地名研究から理解されることになる。
地名は、其処に人が住んでいます。
人が住み、暮らし、生産したり、遊んだり、そして死んでゆく所です。
そんな大地に名付けして、地名を日常茶飯事に使っています。ですから、地名の主人公は住民です。
私共は、すっかり慣れっこになって、ややもすると無限の恩恵を受けている大地を忘れがちな様に、此れ無しに暮らせない必需の地名の大切さを、忘れていませんか。
主人公が呼んだ今までの名前を、いい加減にしていませんか、など反省しますと、地名の研究はとても深く、根本的に重要な事だ、そして同時に厄介な事だ、と考えられてきます。
 
地名は大地に刻まれた歴史だ、とよく言われます。
それ程重要なのに、スローガンほど地名学が、現代日本の科学の中で、確固たる地歩を占めてはいません。
重要性は認知していても、学問体系に沿わない為か、これを正面から取り上げる人が、きわめて少ないのです。
地名研究は従来、地理学や歴史学、その他諸学の関連的研究として、また熱心な郷土史家達の努力によって、行われてきました。
その成果は、今日、大きな地名辞典として幾つか出来ていますが、今の日本の大学に、地名大学や、地名学部・地名学科など聞いた事がありません。国際交流とか、学際研究とか、総合研究とか、色々に叫ばれてはいますものの、地名に着眼し、そこを基点に発信する着想は、まだ無いようです。
 
ただ嬉しい事は、近年、その閉塞状態を打開しようとして、環境学とか、地域学とか、そういう名で呼ばれる提唱が、あちこちで起こってきた事です。
もう従来の学問の方法論では駄目だ、と言う事に気づいたのでありましょう。
そして、私の立場から、口幅ったい事を言わせていただけるなら、更にもう一歩踏み込んで、それら環境学なり、地域学なりに、地名という言葉の視点を重視して、それを是非加えて欲しいと言う事です。
言葉の視点から、歴史を見る、地理を見る、と言う事で、歴史や地理の真相に迫れる事が、案外に多いのではないでしょうか。専門の歴史や地理学者が、地名については誠に幼稚な意見であったり、誤解をしている例が少なくないのを見るに付け、遺憾に思うことがしばしばです。
此れの責任は、現時点であえて言えば、国語学や言語学に於ける地名分野の研究の欠落にありと言えましょう。
 
以上のような反省に立って、諸学手を繋いで、同じ目線で等距離に、地名を対象として調査・研究し、その過程と成果を公表・普及させ、学習・教育にも応用してゆきたいと、考えます。
 
地名研究は、まず自分の足元から。そして、歩いていく先々の地名まで。懐かしい故郷の地名、旅先で見つけた珍しい地名、変わった名前や読めない漢字の地名など、ぐるりにある地名の謎に、挑戦してみましょう。
そこから、きっと新しい知識が開け、ゆとりのある心が育まれていくと、思います。
 
地名は、寺社が文化財であるのと同じに、貴重な文化財です。日本の地名は、日本人の心のこもった<心的文化財>であります。
大小に関わらず、有名無名に関わらず、どこの地名もみな文化遺産です。ですから、これの取り扱いには良く勉強して、取り掛かりましょう。
その為にも、データを保存し活用する施設、地名資料館と言うようなものが、京都府には当然、必要になりましょう。
 
京都における地名研究は、ソフト面でもハード面でも、あらゆる分野にわたる重要な意義がありますが、全てこれからです。と、会員に一人でも多くこの会に参加して欲しいと、締めくくられた
以上、「京都地名研究会」からのサイトより引用しました。

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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