仏教関係者が京都に集う会

平成16年(2004年)3月例会報告

メンバースピーチ、「よしみね乃里」の山田直永会員

開催日:2004年03月12日(彼岸会)例会

とうとう京都にも鳥インフルエンザが発生して、企業倫理が問われる騒ぎになっています。
浄の上に不浄が現れる。しかし不浄の上には浄は現れない。
(『血愕伽経』)「心はもともときれいだが、日頃の行いが正しい道にかなっていないと、きれいな心は悪に染まってしまう」

日頃の正しい生活、修行が重要なことを教える言葉。仏道修行週間(お彼岸)に、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧をあらためて学んでみたい。
今月はメンバースピーチ、よしみねの里の山田直永会員です。

森 清範会長の開会の挨拶

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三寒四温と申しますようにほんとうに寒くなったり暖かくなったり繰り返す毎日でありますが、確かに春が隣にやって来ておりますようでございます。ちなみに今時分の季語を春隣というのでありますが、春という字は春夏秋冬の春という字でありますが、晴も「はる」、張も「はる」と読みます。新しい芽が吹き出るといった、そんな良い時期に入っていくわけであります。

kaijyo2道元禅師さまのお言葉の中に、「竹の響き妙なりと云へども、自(おのずか)らの縁を待って声をなす。」また、「花の色美なりと云へども、独り開くるにあらず。春の時を得て光を見る。」とありますが、決して花は1人で咲くことはなく、暖かい風、温かい光が、花の開花を促すというわけであります。
我々も、日々毎日そのようなご縁に会っているわけでありますが、縁という話になりますと、やはりご縁を頂いたという様に、受動的な面でしか捉えられないのですが、縁というのは、極めて能動的でありまして、私がAさんに会ったとしたら、Aさんは、私を縁としていることになります。

kaijyo従いまして私がAさんに対してどんな縁になるのかいうところに「縁」という意味の本当の意味があるように思います。
というわけで、春になりますと、木々の花をさかせる、春風のような、そんな私になってみたいと思うわけであります――。

今日は、山田会員の自己紹介というお話があるそうですが、「自己紹介というスピーチをしゃはるんでっか?」とお聞きしましたら、「違います、自己紹介をします。」ということで、山田会員の自己紹介をお聞かせ願えるそうです。

自己紹介

写真メンバースピーチ、『よしみね乃里』の山田直永(なおひさ)会員

yamada山田会員は、会員の中でも最年少、そんな中、会員スピーチを頼まれ、「一旦は断ろうと思いました、でも、いつかはこんな時が来るわけだから、若いうちに恥をかいておこう、と決心をしました。」と、いつもより多い満席状態の出席者の前で、さすがに緊張した面持ちで、お話を始められた。
会場のテーブルには、お土産なのか山田会員の経営する「よしみね乃里」の袋が置かれてあり、彼のお店のお漬物と佃煮のセットが入っていた、その時点で印象が良かった。

氏は、「こんな若輩の私が、皆さんの前でなにか偉そうなことをお話させて頂くようなことは何もないので、私を知って頂くつもりで、今日はお話をします。」と、若者らしいすがすがしい謙虚さを感じさせてくれた。

今は、漬物屋のおやじ。高校を卒業してまもなく東映の俳優になり5年も大部屋に居たこと、そこで、現在のお宅(山田家)の近くに住む俳優の松方弘樹さんに頼まれ、お店の監視役として彼のお店に通っていた今の奥様と知り合い、恋愛。
その奥様のお父様、つまり、現在は故人となった義父のたっての願いで、山田家の家業である漬物屋を継ぐことに――。
結婚の為に、長男であるのに由緒ある「貫名」という姓を変えなくてはならなかったこと。その葛藤。
義理のご両親と同居しながら、義父の仕事に対する厳しさや思いを学んだこと、新婚生活というよりは、丁稚見習いに奉公した気分だったことなど人生の3分の1を振り返り、話をされた。

現在、義父が亡くなり、自分が「よしみね乃里」の主人となり、責任の重大さを痛感しているとのこと、義父の厳しい教えが、今の自分にどれほど生かされているかなど義父に対する想いや感謝も忘れない職人として、また経営者としての氏のりっぱな姿があった。

最後に、食品を扱う者の立場で、印象的なことをお話されたので、ご紹介しておきたい。

食品には、最近法律で決められた記載事項が、必ず貼り付けてあります。責任者の名前、材料の明示、賞味期限など・・・。食品表示義務と言います。
しかし、この表示義務のおかげで、消費者と作り手の間で、いろいろな弊害、バランスの崩れが生じてきました。
表示義務が課せられる前は、消費者と業者は一つのモラル、信頼関係で成り立って来ました。それで、バランスが取れていました。
しかし、ラベル表示義務のおかげで、消費者は、すべて、その表示内容だけを信じるようになり、例えば賞味期間の日数がまだまだ余裕がある方を選んで買っていく。
消費者は、たいてい「今日食べる物でも、新しい表示のものを買おうとする。」結局、賞味期限が迫ってるものほど、売れ残り状態になり、ラベルを貼りかえるような、結局、そんなことまでしなくてはならないような業者も出現することになります。
また、売れ残れば、そのリスクは商品の代金に上乗せしないとやっていけないし、表示義務は、消費者にとっても業者にとっても良いことばかりではない」と現場の切実な状況を訴えられた。

「業者としてこんな事を言うのも何なんですが。賞味期限は、その品物に合ったある程度の保管状態を考慮し、ある程度の余裕をもって多くの場合記載されております。
賞味期限日を1日過ぎたぐらいでは何の問題もなくおいしく食べられる事が多いのです。
私も一消費者、業者として活字の内容はもちろん大事です。が、その奥にあるこれらの事情を少しお汲み取り頂いたうえ、昔のように自分の舌や、目、鼻でその品物を見る「もったいない」と言う日本人本来の姿勢も忘れたくないものです。」と締めくくった。
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山田直永会員のお店『よしみね乃里』のサイトはここをクリック

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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