仏教関係者が京都に集う会

平成16年(2004年)7月例会報告

ゲストスピーチ 社団法人シャンティ国際ボランティア会 
三部義道先生 「寺子屋支援のその後」

開催日:2004年07月09日(夏安居) 例会
 
今年も半分過ぎ去って、夏安居例会の案内となりました。
お釈迦さまの時代、雨期に集団生活をしながら修行をしたことに始まる夏安居、外出して虫を無用に踏みつぶすことを避ける意味もあつたといいます。
おぞましく、信じられないニュースの多い昨今ですが、小さな虫にも目を向ける心の余裕は失いたくないものです。
今月はゲストスピーチ、社団法人シャンティ国際ボランティア専務理事 三部義道先生の登場です。十年前にタイの寺子屋を支援いたしましたその後はどのようになっているのでしょうか。お話を伺います。

会長挨拶

kaicho
bukki映画監督の山本よしひこさんの本を読んでいたら、こんなクイズがありました。
「1時間30分の映画をご覧になる時、皆さんは実際には映像を何分間ご覧になるか分かりますか?」ということです。
1秒間に24回のシャッターが閉じて見えなくしているわけですから、9分の4秒しかご覧になっていないということだそうです。この計算でいきますと、私たちは、1時間30分の映画を観る時、そのうちの40分間は映像を見ていないという答えでありました。
私はこれを読みまして、「本を読むということは、こういうことなのか、行間を読むとよく言われますが書かれていないところを読む、つまり自分の記憶を組み立てて読む、ということなのではないかと思った次第です。」 こういう時期でございます。晴耕雨読でお過ごし頂きたいと思います。

寺子屋支援のその後

社団法人シャンティ国際ボランティア会専務理事 三部義道先生

mibe一人の僧として何ができるのか!!
 
山形県の自坊には土・日曜とだけ帰り法事を済ませ、他は東京のシャンティ国際ボランティア会の事務所に居るという、ここ数年はこんな生活が続いている。檀家からは、寺に居ないのだから、不住職だと言われ、不良住職なのです。
でも、自分は、2足のわらじを履いているのではなく、これこそが、僧としての自分のやり方、勤めではないかと信じてこれからもやっていくつもりです。
 
仏教って何なのだろうかと考えるとき「現代の苦悩に立ち向かっていくこと」ではないのかと思います。
お釈迦様が生きておいでの時代、また、宗祖たちの生きていた時代には、それぞれの時代に応じた、苦悩への向かい方を説いたと思われます。
現代における苦悩、3万人を超える自殺者、子供が子供を殺すといったことに、病んでる日本人に、あるいは世界中の難民に、我々僧籍を持つものは、どうたち向かうのか、ここにお釈迦様が居たらどうされるのか、といったように考え、行動していかなければならない、と考えます。
 
自分はたまたま、難民支援に動いておりますが、苦悩する人々にどう接して行くかが課題でした。こういった活動に、確信を得たのが上座仏教の国カンボジアのお坊様が教えてくれたことなのです。
彼等は難民である傷ついた女性を直接抱え、医療支援をしたことがあり、周りの僧や人々は、厳しい戒律では女性に触れるなど、とんでもないということでしたから、当然、非難されました。
奉仕に参加した僧たちは、「お釈迦様がここにおられたら、同じことをされるのではないか」とそう言ったそうです。考えた結果、戒律よりも難民支援という結論を出したのです。
 
私は、厳しい戒律を犯してでも今の苦悩に立ち向かっている上座仏教の僧たちに比べ、そういった戒律を少なくし、衆生の苦悩を心置きなき救うことのできる、大乘の教えの中に居るにもかかわらず、何もしない僧であってはいかんのだと、このカンボジア僧の行動に確信を得たのです。
お坊さんが、今のこの世にどんなふうに役に立つのか、お寺というのは、人々にとてどんな意義があるのか。問われているような気がしてなりません。
 
最上段から口幅ったいことを述べて来ましたが、僧籍をもつものが、こういった運動に、ご参加頂けたらと思い、恐縮ですが、述べさせていただきました。
10年前に、仏教クラブの支援で建てられたバンコクのスラム街の図書館が今年大火災を起こし、再建しなければならなくなっているそうです。そのことやシャンティの活動内容などは、以下のサイトで詳しくご報告、ご紹介されていますので、本編のお話の内容は省略させて頂きます。
社団法人シャンティ国際ボランティア会のサイト

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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