仏教関係者が京都に集う会

平成16年(2004年)8月例会報告

ゲストスピーチ 三年坂美術館 舘長 村田理如先生

2004年08月27日(地蔵盆例会)
 
とてつもない著さが続いて、熱中症の被害も最大規模とか。
お変わりなくお盆行事をおつとめ下さったでしょうか。
辻ごとのお地蔵さまのお盆行事も終わって、ようやく一息。
 
今月はゲストスピーチ、三年坂美術館 館長 村田理如先生をお招きします。
清水三年坂美術舘は幕末、明治の金工、七宝、蒔絵、薩摩焼を常設展示する日本で初めての美術舘です。
海外での評価の高い数々の美術工芸品について、お話を伺います。

会長挨拶

kaicho東京の友人から自然保護関係の会合に出席してくれないかと誘われ、お忙しい中でもあり最初はお断りをしていたのだが、結局出席しされたことを愉快なエピソードを交えご紹介され、我々現代人は、今や「自然を守る」といった環境保護の立場を超え、自然を敬うといった謙虚な姿勢、立場をとることがもっとも大切なことではないかと締めくくられ、自然環境を守る為の根底に必要な自然を敬うといった意識・精神の育成を訴えられた。
 
演台の横には、会員の池上省吾師の和歌山の自坊から持参されたオウガ蓮が生けられていた。

幕末・明治の美術工芸品について

清水三年坂美術館 館長 村田理如先生

murata2清水三年坂美術館は幕末、明治の金工、七宝、蒔絵、薩摩焼を常設展示する日本で初めての美術館です。
金工、七宝、漆塗りの技法は遠くシルクロード周辺の国々で生まれたものですが、日本に伝わった後、大きく進化を遂げ、独自の技法として定着しました。特に無線七宝や漆塗りにおける蒔絵の技法は日本で独自に生まれたものです。
これらの技法は刀装具、印篭、香道具等の装飾に多用され幕末から明治にかけて、その技術レベルや表現力は頂点に達しました。
それは将軍家や大名、急速に力をつけてきた商人、明治に入ってからは皇室などの支援により、優秀なアーティスト達が育成されてきたからです。
しかし、明治以降、廃刀令がだされたり、日本人の生活が急速に様式化し、美術品に対する嗜好が西洋に向かう中でこれらの伝統的な技法に対する需要が急速に細っていきました。それに伴う職人の減少、技法の衰退は、現在にまで至っています。
一方でこれたの美術品に対する海外の評価は非常に高く、現在もなお流出が続いているのは残念なことです。当館では、帝室技芸員の作品に並んで無名作家の作品も展示致します。
しかし、どの作品も皆繊細で洗練された美しさを持った名作ばかりです。これらの作品を紹介することにより、日本で再び金工、七宝、蒔絵等の芸術が正しく評価され、技術的にも芸術的にも幕末、明治を超えるものが現れることを心から願ってやみません。
 
以上、清水三年坂美術館のホームページの挨拶文をそのまま引用掲載させて頂きました。

会場に用意された大きなスライド用スクリーンに映し出された明治の工芸品を一つ一つ丁寧に解説されるご様子は、日本の美術史から忘れ去られた、江戸末期から明治・大正にかけての、優れた美術工芸品に目をむけ、心からその卓越した工芸技術の美しさに惚れ込んでおられる氏の心の内が感じられた、また氏が、どんな経緯で、貿易用に作られた貴重で優秀な工芸作品の収集をお初めになったのか、興味のあるところではあるのだが、お話の終了後、会員からお聞きするところによると、京都の有名な同姓企業の専務さんだったとか。納得である。
高額な美術品の買い戻しをされる背景には、先端技術の制作会社で成功を遂げさせてもらった恩返し的な心境でもおありなのだろうか――。
いづれにせよ、工芸という分野が、芸術という新しい観念に押しやられ、忘れ去られようとしていた近代日本工芸美術の確かな美意識と技術を、改めて一般の日本人に観せて頂く事は、我々日本人の心の奥底に潜む崇高なまでの美意識を呼び戻すきっかけになることは確かである。
単にお金持ちの道楽としての美術品収集で終わらず、惜しげもなく公開されておられることは、当時の優秀で高名な職人たちの技と感性を知ることにより、本当に美しい作品を見る力、鑑賞できる能力を育てることになる。
それは、近代の名匠に匹敵するような優秀な作家の育成にも繋がる筈だし、誰かがしなければならないことだったし、氏のそういった買戻しの行為は日本の美術工芸界にとっても喜ばしいことである。
できれば、近代工芸に拘らず、現代作家の誰も真似のできないような、わが国で独特の発展を遂げた藤原期の仏画を代表とするような繊細で優美な仏画の描ける現代の仏画家の育成にも一役買って頂きたいものと、筆者の仕事柄、ついつい想ってしまうのだが・・・。
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貴重な作品を会場までお持ちいただき、実際に手にとって鑑賞する会員たち。

右が松坂俊照師

右が松坂俊照師

会員の池上省吾師と沢田教英尼のご紹介で入会されることになった松坂会員を紹介。
池上師のお嬢さんの嫁ぎ先のお寺の住職でもある。「一ノ宮市から月一回、都に参ります」と、ご挨拶をされた。
 
 
 
 

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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