仏教関係者が京都に集う会

平成18年(2006年)3月例会報告

ゲストスピーチ:ケラニア寺院管長秘書 アヌラ・マヒンダ師
「スリランカ・ケラニア寺院の救済事業について」

3月 (春彼岸会)例会

いよいよ今年度最後の例会となりました。平成十七年度の「三宝の集い」の支援金は当初の計画通り、スリランカのケラニア寺院に寄託させていただきます。
スマトラ沖地震による大津波で被災したスリランカの子ども達の為に支援活動を続けておられるケラニア寺院から、管長秘書のアヌラ・マヒンダさんが来日されましたので、支援金を直接お摸しし、またその活動の一端をご紹介いただきます。

第12回三宝の集い

沢田教英副会長から、支援金を託されるアヌラ・マヒンダ師
スリランカの被災地域に住む子供たちに支援
支援金授与式

2004年12月のスマトラ沖地震による大津波で多大な被害を受けたスリランカの子供たちに支援をということで開催された昨年の「第12回三宝の集い」で得た浄財を、スリランカからお出で頂いたケラニア寺院管長代理の管長秘書アヌラ・マヒンダ師に託した。

スリランカ・ケラニア寺院の救済事業について
2004年スマトラ島沖地震津波 in Sri Lanka

ケラニア寺院管長秘書 アヌラ・マヒンダ師

2006-03-10-002
http://www.srilanka.com/

http://www.srilankatourism.org/

http://www.kelaniyatemple.com/

http://coastal.t.u-tokyo.ac.jp/tsunami/

http://www.onthegotours.com/Srilanka_tsunami
※以上は、スリランカやケラニア寺院、そして津波の被害を掲載したサイトへのリンクです。

仏教クラブの皆様、私は只今ご紹介頂きました、スリランカのコロンボにございますケラニヤ寺院より、管長のコルピティ・マヒンダ大僧上の代理で出席させて頂ました、秘書のアヌラ・マヒンダと申します。
この度は、当クラブのメンバーでございます、龍玄院様とのご縁により、仏教クラブ様から、私どもケラニヤ寺院を通じまして、2004年12月26日の、インドネシア・スマトラ沖大地震の津波で大変な被害を受けましたスリランカの子供たちのために、暖かいご支援を頂きますことを、心から厚くお礼を申し上げます。
最初に簡単に、スリランカとケラニヤ寺院のことをお話させて頂きたいと思います。
スリランカはインドの南にございます、面積が日本の6分の1ほどの小さな島国で、人口は、約1,900万人でございます。

以前の国の名前は、セイロンと申しましたので、皆様には紅茶で有名な国としてお馴染みかも知れません。
スリランカという国の名前は「光り輝く島」という意味で、その名の通りインド洋に囲まれた大変美しい島でございます。
赤道に近いので、少し暑く、1年の平均気温は、約28度近くで、日本のように四季はありませんので夏の服装で1年中生活が出来ます。
民族は約75%がシンハラ人、約18%がタミール人で、言葉はシンハラ語とタミール語そして英語も広く使われております。
平均寿命は、男性が69.5歳、女性が74.2歳で、日本の皆様よりは少し短いようです。

国民は大変信仰の心が厚く、約70%が皆様と同じ、仏教徒でございます。
第二次世界大戦の当時は、首都でありましたコロンボや北東部の、トリンコマリーなどにイギリスの、海軍基地がありましたので、日本軍によって、空襲を受けましたが、戦後、昭和26年9月に、開催されました、サンフランシスコ対日講和会議では、当時スリランカ代表の、財務大臣で、後に、大統領になりましたJ.R.ジャヤワルデネ閣下が、演説で、仏教の、経典を引用して「憎悪は、憎悪によって止むことはなく、自愛によって止む」と述べて、参加国に対し、日本に対する、敵意を捨て、賠償を求めず、国際礼儀に沿って、日本を受け入れるべきだと、主張し、スリランカは、日本に対して、賠償を求めなかったことを、ご存知の方も、おられるかも知れません。
そして、昭和28年にスリランカと日本は、国交をはじめ、平成14年には、友好50周年を、迎えております。
ジャヤワルデネ元大統領は、何度か日本を訪れておられ、昭和天皇が、亡くなられました時には、国賓として、葬儀に参列され、また、龍玄院さまのお招きで、平成3年に、初めて、被爆都市・広島も、訪問されておりますが、平成8年11月に、91さいで、亡くなり、その国葬が、ケラニヤ寺院で、執り行われました。衛星放送で、その様子を、ご覧になられたかたも、おられるかもしれません。

次にケラニヤ寺院につきまして、簡単に、お話させていただきますと、お釈迦様は、スリランカを3度、おとずれておられ、今の、ケラニヤ寺院のある場所に、来られたのは、悟りを開かれて8年後の、3度目の、訪問の時、当時の、マニアキタ王の、招きによるものだと、伝えられております。
王は、お釈迦様を、迎える時、宝石で飾った黄金のイスを作り、お釈迦様は、そのイスに座って説法をされました。そしてお釈迦様が、お帰りになるとき、王は、お釈迦様に、何か記念の品を欲しい、と願いましたところ、お釈迦様は、御自分の、髪の毛を、お与えになりました。
そのイスと、髪の毛を、祀るために、パゴダを立てたことが、ケラニヤ寺院の、歴史の、始まりでございます。

現在、建っております、パゴダの中に、そのイスと、髪の毛が、大切に祀られております。
本堂は、建物の中央が、約300年前に、建てられたもので、それは、当時、ポルトガル人によって、本堂が、破壊されたために、再建されたものです。

本堂の横にそびえる、菩提樹は、樹齢が1,000年を超えております。また、境内を流れております、ケラニヤ河は、お釈迦様が、沐浴をされた、神聖な河で、インドの、ガンジーの、遺骨をはじめ、ケラニヤ寺院の、筆頭総代でもありました、先ほどお話しました、ジャヤワルデネ元大統領の、遺骨も、このケラニヤ河に、流されています。

ケラニヤ寺院は、キャンディーという、町にあります、お釈迦様の歯を祀る「仏歯寺」に継ぐ、スリランカで第2番目の、格式を持つ、国が、管理をするお寺で、歴代の、多くの大統領の、菩提寺にもなっており、大統領は、その就任式、を終えると、ケラニヤ寺院に、参拝いたします。
またスリランカを訪問される、多くの、国賓も、ケラニヤ寺院を、訪問され、日本の、現在の、天皇陛下も、皇太子の時代に、来られており、皆様良くご存知の、イギリスの、チャ-ルス皇太子や、アメリカの、クリントン大統領夫人も、来られております。

さて、最初に、申し上げましたように、インドネシア・スマトラ沖大地震による津波では、スリランカも、大変な、被害を受けました。
これまでに、分かっておりますだけでも、亡くなった方、行方不明の方、合わせて44,000人以上、怪我をした人15,000人以上、スリランカの人口の、約5%、約1,000,000人の、方々が、家族をなくしたり、家や、財産を、失ったりしておられます。
津波は、最初に北東部の海岸に達し、徐々に、時計回りに、南部に押し寄せ、そして、震源地とは、反対の、西側も、襲いました。最初に、津波が北東部に、達した時刻は、午前7時ごろで、それから、西側の、コロンボ周辺に到達するまでに、4時間余り、時間が経過しております。
津波の高さは、10メートルを越える地域もございました。沿岸の住民は、これまで津波の経験がなく、被害がより大きくなったと、思われます。
津波の被害の様子は、お手元の資料を、ご覧いただければ、少しはお分かり頂けるかと思います。
正確な人数は分かりませんが、本当に多くの子供たちが、その幼い命を失い、またその親や兄弟を亡くしております。

本日、仏教クラブ様よりお預かりいたします、尊いお浄財は、今なお、津波の被害に苦しんでおります、スリランカの多くの子供たちの為に、大切に使わせて頂きます。また、その使途につきましては、改めて皆様にご報告申し上げます。
最後に、重ねて皆様に心よりお礼を申し上げ、十分ではございませんが、ご挨拶の言葉に変えさせていただきます。
不慣れなお聞き苦しい日本語をお詫びいたします。ありがとうございました。

※以上、龍玄院のご協力で、アヌラ・マヒンダ師から頂いたお話の原稿を掲載させて頂きました。

2004年スマトラ島沖地震津波 Sri Lanka 南西部現地調査報告

2006-03-10-007会員の塩竃義弘師からアヌラ・マヒンダ師のお話に対してお礼の言葉と支援金の有効利用をお願いし、被災地の復興とスリランカ・日本の両国の友好を祈って皆で乾杯した。

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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