仏教関係者が京都に集う会

平成24年(2012年)7月例会報告

七月 夏安居例会

開催日:2012年07月13日(夏安居例会)
仏教クラブ 七月 
 
京都の八坂神社は、明治に改称するまでの一千年間、祇園社と呼ばれるお寺でした。
インドの祇園精舎に因んで命名されたそうですが、祇園精舎の守り神が祇園牛頭天王だという伝説から、インド伝来の神様・牛頭天王を祀り、祈祷によって疫病の祟りをはらおうとしたのが、祇園祭のはじめだそうです。
この祇園祭を一目見ようと、全国から人々が押しかけたのですが、ウッカリ後の祭りに来てしまうと、つまらないことになってしまったことでしょう。
そのことから、時機に遅れて何かをすることを「後の祭り」と言うようになりました。
吉川英治氏の句に「仏壇は後の祭りをするところ」というのがあります。
これと「親孝行したい時には親は無し」を重ねると、何かが解りそうですね。
7月はメンバースピーチ、本門法華宗妙蓮寺貫主・松下日肆会員のお話を伺います。

森 清範会長  開会の挨拶

森 清範会長

森 清範会長

皆さんこんばんわ、ようこそ。足元のお悪い中でございますが、こんなに大勢の会員の方々にご出席いただきますことを感謝申し上げる次第でございます。
九州の方では、たいへんな水害が発生しております。また、辛いニュースも多々報道される昨今でございます。
「何かおもしろい話はないかなぁ・・・」と、探してきたのでございますが、この前、(福島県)田村郡の三春町というところの大きな農家に休憩させて貰うことがありまして、玄関の入口にこんな大きな「たらい」が置いてあったんです。
そのなかにこんな大きな亀が5匹入っておりまして「この亀、どうされるんですか?」と聞きますと「皆、ペットです」とお応えになり、そのうち奥さんが「この亀、今日はえらい喜んでますわ!」と一匹を指して言われるんですね。「えっ! 亀が喜んでるのかどうか分かりますのか?」とたずねますと、「分かります!今日は京都から清水さんが来れるというので大変喜んでます。」「これが喜んでる顔ですか?」「そうですこれが喜んでる顔です。」皆さん、また今度、よ~く亀の顔を見ていただきたいと思います。
亀に続いてなんですが、群馬でしたか、あのへんでペットのピーコというインコが逃げ出したんだそうですが、そして何日かあとに、逃げ出したお家に連れて帰って来て貰ったというんですね。で、そのピーコちゃんがなんで帰って来れれたかといいますと、自分の住所と名前を言ったというんですね。
これは前に飼っていたインコが逃げたので、今度のインコには、住所と名前を教えておいたということだそうです。このインコ、3人の孫の名前を全部ゆうたそうです(爆笑)。
たいしたもんですなぁ、私、つくづく「勉強」というもんはちゃんとしとかなあかんなぁと思いました。
また、松江での話ですが、四国からある和尚さんが来ておられて、私の横の席に着かれたんです。その和尚との話ですが、隣の町の浄土宗のお寺で住職が『南無阿弥陀仏」とお経をあげますと、犬がでてきて、住職と同じように横に座って手を合わすというんですね。
村中で評判になってみんな見に来るんですね。そうするとその犬、何もしないのだそうです(爆笑)。「いっぺん、見に来ませんか?」ということだったのですが、丁重にお断りしました。(爆笑)
しかし、勉強するということは、極めて大切なことやと思います。
 
佐藤一斎先生のお言葉に「少にして学ばば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学ばば則ち老いて衰へず。老いて学ばば則ち死して朽ちず。」があります。
 
今日はメンバーズスピーチでございます。妙蓮寺の松下日肆猊下のお話をお聞かせいただきます。
 
※佐藤一斎 江戸後期の儒学者 「少而学、則壮而有為。壮而学、則老而不衰。老而学、則死而不朽」

メンバーズスピーチ:本門法華宗妙蓮寺貫主・松下日肆会員

本門法華宗妙蓮寺貫主・松下日肆会員

本門法華宗妙蓮寺貫主・松下日肆会員

「皆さんの前でおしゃべりをするということは、ちょっと難儀なことやなぁと思っております。」と、穏やかな口調でお話を始められた。
各机の上には、妙蓮寺の説明レジュメが配られ、演題の横には大きなスクリーンが設置されお話の中で妙蓮寺のビデオをお見せいただけることになっている。
 
得度をする前、8歳の頃やったと思うのですが、祖父の前では、めったに読経しなかったのですが、祖母の前では、私は得意になって、いばって(調子に乗って)読経していたようです。
そのことを良いことに「お前は読経がうまいなぁ」と褒めてもらい、その気にさせられました。それがお坊さんになったきっかけやったと思います。
その屋久島時代は、国民学校の6年生まで過ごし、島の長い浜を駆ける裸馬にのった兵隊さんを間近に見て、騎兵隊に憧れていました。
 
その後、中学生になると鹿児島の祖父の下で修行させてもらったのですが、あんまり暴れるものですから、ここにはおくことはできないということで、父の赴任していた種子島で2年間ほど修行させてもらいましたが、またここでも、悪ガキ数人とつるんで畑のスイカやトマトを自分の物のように食べたりして、いろいろ悪さをしていたのを覚えています。
中学を卒業すると、大阪に連れて行かれ、その後、十年間修行することになりました。
 
その頃の一番の身についた事といえば、ご飯の頂き方、お箸の使い方、ご不淨の掃除の仕方等、寺で生活する上での基本的なことを学ばせて貰いました。
 
そんなことを学びながら高校に通うのですが、相変わらず、寺に帰る時間が遅いと、泥棒のように塀をよじ登って寺に入るということをしていました。
 
時には警察の厄介になりながらも何とか高校生活を終えさせてもらったような記憶があります。
 
その後、京都の妙蓮寺に落ち着いて50年ほどになります・・・・。
 
 
さて、このへんで、自分のことよりも、妙蓮寺のご紹介した方が良いと思いますので、寺のの説明の後、もっと判りやすい妙蓮寺のビデオをご覧いただきます。
 
ということで、そのお話の後は、毎日放送TV制作の「美の遺産」から妙蓮寺の回のビデオを映し、大本山妙蓮寺のご紹介をされましたので、妙蓮寺のサイトをリンクしておきます。

写真・構成・文:Shokan Fujimo

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